デパートで見た本皮のキーケースは2色展開で、シンプルで使いやすそうだった。一目みたときからなんとなくプレゼントはもうそれに決まっていた気がする。
いろんなショップをまわり、結局その店に戻ると、2色展開の両方をひとつづつ買って、ダークブラウンの方を綺麗にラッピングしてもらった。キャメルのキーケースは、私用。
贅沢かもしれないけど、毎日家を出るとき。それと家に帰ったとき。キーケースを見て私を思い出してくれるような日が1ヶ月、いや、1週間でも続けばそれで幸せだと私は思った。
初めて行くおうち、初めての力さんとのクリスマス。イブからクリスマス当日を過ごすことはできなかったけど、お泊まりするなら次の日がお互いに休みの日がいいと言ったのは私だったし、なんならお誕生日を祝えるなんて、不幸中の幸いだと思う。
パジャマは貸すから、と事前に言われていたからメイクポーチや下着を除けばあとは普段通りの持ち物だけ。
案内されるがままに玄関に入った瞬間に思ったのはなんとなく感じるゆったりとした空気とか、すごく良い意味で普通の家具やレイアウトがあまりに力さんの部屋を実感させるような気がしたからだ。
「こたつつけよっか」
「入りたいけど、先に鍋の準備しちゃわない?一緒にやろ、力さん」
「うん、そうしよ。あそこに入ったら簡単には抜け出せくなるからね」
穏やかに目を細めて、優しく笑って。そうしたら突然、フィルターがかかったように急に力さんのがっしりした肩幅とか、まっすぐの髪とか、慣れたはずのものに心臓がうるさく動き出して、私は数秒視線を下げた。
彼の全てを知ったと胸を張るにはもちろんまだ早くて、もっともっと時間は必要で、それなのにもう力さんのことがちゃんと好きで。
「ケーキ、しまわなくて大丈夫?」
「…大丈夫じゃない、しまわなきゃ!」
「冷蔵庫のスペース大丈夫だと思うんだけど、入れてみて」
白い箱の中には小ぶりなブッシュ・ド・ノエルが入っていて、ちょこんと座った砂糖菓子のサンタさんも切り株に腰をかけている。
完全に見た目はクリスマス仕様だというのに、上に乗ったチョコのプレートには印刷された『お誕生日おめでとう』の文字があり、その下にはチョコペンで『ちからさん』と可愛らしい字で書いてある。急遽お願いしたプレートを快く書いてくれたお姉さんには感謝感謝だ。
私が冷蔵庫にケーキをしまっている間に袋からトマト鍋のもとを出して、力さんが裏面を見ながら具材を切ってどんどん入れる。一人用のキッチンに二人が立つのはやっぱり狭いけど、それもまた幸せだと思う。
独り暮らしをする男性は自炊をする人が多いようだけど、力さんは間違いなく料理ができる方の男性だ。ソロキャンだって何かしらの料理はする。それこそ、冷凍餃子だって立派な料理だ。
そもそも、それ以前に他のなにもかもが素敵なのだからそう思えばすごく貴重な男性だとじんわりと思う。誰かに知られてもいいけど、誰にも取られたくないなぁ、隣にいるのは私がいいなぁ、なんて考えたりして。
「そういえば土鍋持ってたんだね、力さん」
「高校時代の部活の仲間とか、たまーにだけど来たりするからね」
「あ!バレー部の?」
「そうそう」
「その時の写真とかある?」
「…どうだっかなぁ」
力さんは見せたくないのかな、それともただ恥ずかしいのかな。私も高校のアルバムはもう実家に置きっぱなしだけど、引っ張り出されようものなら恥ずかしくなってしまうかもしれない。
土鍋の蓋をして火力を一旦強火にすると、ぐつぐつと沸騰するまでその場で待つ。ぐつぐつと、音がするまで。ちょっとだけ。
「力さん、ちょっとだけくっつかせてください」
優しい背中。逞しい肩甲骨回り。鍋を見張る力さんに耐えられずにぎゅうっと後ろから抱きつくと、前に行った私の手を力さんの大きな手が包み撫でた。ぴったりとくっついた体。かわいい、とほのかな振動と共に前の方で声がして、ぐつぐつと音がすると力さんは片手を離して火を弱めた。
「どこにやったかなぁ、アルバム」
「探してくれるの?」
「だってなまえ見たいんでしょ」
そのまま力さんは私を背中にくっつけたまま歩きだして、ぺたぺたと力さんに合わせて足を進めた。まるでペンギンのように。
力さんは、手は繋いでくれるけど抱きついたりキスをしたり、外ではあんまりべたべたしないタイプだ。かくいう私だって、公衆の面前でキスなんかできないし、抱きついたりだって恥ずかしい。一緒に過ごして隣を歩けていれば満足だって、そう思う。
ただ、外では絶対にやらないようなことは家では思いっきりやりたくなってしまうというのが人間の性じゃないかな。きっと、力さんだって、そのはずだ。だって全然嫌な顔しないもんね。
「なまえ〜全然前進めないよ」
「進んでるよ〜ちょっとは」
顔だけ振り返った力さんに合わせて顔をあげると、優しい笑みを真似するように私もつられて笑う。へらへらと。なんとなく、甘えているっていうよりも、懐いているの方が合っているかもしれないなんて思った。
「ねー、チューは?」
「あはは、するの?」
「うん」
少し高いところにある力さんの肩口で、少しきつい体勢で触れるだけのキスをする。2人で過ごす初めてのクリスマスは始まったばかりだけど、もうすでに幸せの詰まったプレゼントをもらったような気分になった。