ハッピーバースデー
 年越しのカウントダウンよりも、断然心躍っていた。12月25日23時50分。こたつで飲むワインは格別で、お腹いっぱいだったのもあってちゃんとしたおつまみは必要ない。力さんはいつも通り普通に振る舞っているというのに、私は子供みたいにあと10分、とそわそわとしていた。なんだか視線を感じて壁掛け時計から力さんに視線を戻すと、目が合ってすぐにこたつの上に組んだ手に顔を埋めた力さんが堪えるように笑っている。

「なんで笑うのー」
「いや、だって」

 23時51分。うっかりしていた。力さんが29歳を迎えた瞬間、何をするかを全く考えていなかったから、それを考えていたのもあってそんなに笑われるような様子だったのかもしれない。子供みたいだと思われていても仕方ないな。私は力さんからしたら少し子供だ。同い年だったとしたって、こんなに落ち着いている自分を想像できないから、年齢とかじゃなくて、中身の問題なんだと思う。

「そういえばなまえ、年明けとかもキャンプ行くの?」
「うーん、予定は今のところはないかな」
「雪シーズン入っちゃったし、ちょっときついよなー」

 そう、ここ最近とてつもなく寒すぎて。シュラフで夜を越せる気がしない。雪がちらつき出す時期から休業に入ってしまうキャンプ場はすごく多いし、11月が限界なことに最近気づいてしまったというわけだ。

「じゃあ真冬は力さんちにいっぱい泊まりに来るかな」
「俺もなまえんちに泊まり行こっかな」
「いいよ!力さん用のパジャマ買っておくね!」
「どんだけウェルカムなの」

 23時55分。もうアイデアが出ないと諦めた私は、普通に力さんとなんともない話をして時を待つことにした。一番最初におめでとうを言って、プレゼントを渡して、歯磨きをしたら力さんのベッドに2人で潜り込もう。一番最初におめでとうを言いたいなんて、高校生くらいの感覚かもしれないとふと思ったけど、穏やかで柔らかい空気ながら力さんと私はちょっと初々しくもあった。

「29歳って、すっごい大人な感じじゃない?」
「小学生くらいからしたらもうおじさんかもしれないけど」
「うそ!?そんな感覚違うの?」
「違う違う、全然。俺たちにとって高校生ってすごい若いけど当人にとっては1年と3年も大きな差があったりするし」
「それはわかるかも、先輩ってすごい大人に見えたもんなぁ……あ!もう少しで29歳!」

 23時59分。

「28もあと1分か〜」
「え?やり残したことない?28歳の力さん!」
「んー……ないな。これ以上ないってくらい大満足」
「大満足って言い切れるって、すごい良い1年だったんだね」
「仕事も楽しかった、キャンプもいっぱいした、それになまえが彼女になってくれた」

 その三拍子、私も全く同じだよ。そう思った瞬間、日付が代わり12月26日0時ぴったりを知らせた。こんなに優しい気持ちにさせてくれる人、力さん以外には知らない。これまでも、これからも。

「力さん、お誕生日おめでとう」
「ありがとう」

 お互いにこたつに入ったまま、足がゆるゆると少し絡んでじゃれ合った。大きな手が私の手をとって、静かな瞳と目が合って。

「29歳も、素敵な1年にしてください」

 こたつを抜け出てバッグに入れていた包みを持って戻ると、力さんはさっきよりも驚いたような表情で笑ってもはや可笑しそうにしている。

「さすがに贅沢すぎない?」
「そんなことないよ、だって誕生日とクリスマス、普通は別に祝うんだよ。それに私は祝いたいの、ただそれだけだよ」
「なまえって、意外と頑固だよね」
「変なとこでね」
「……ありがとう。次はなにかな」

 丁寧に包装紙を外し、ダークブラウンのキーケースを取り出した力さんが、おお、と嬉しそうに声を上げた。金属のスナップボタンを外し、「これ車のリモコンキーも入るんだ」とテンションが若干上がっている力さんを見て、よかったとほっとひと安心すると、私のバッグからキャメルのキーケースを出した。

「で。私も一目惚れしちゃって、色違い買いました」
「お揃い?」
「うん」
「やった」

 すっきりとした表情の口元が弧を描き、不意にときめいてしまった。プレゼントを喜んでくれたことよりも、お揃いを喜んでくれるその様子で、あまりに簡単に幸福感を感じれるのだから、私の恋人への感情はなかなかのものだと思う。
 ふと一瞬気を抜いたところで大きなあくびが1回出て、ゆるりと笑った力さんが「歯磨きしよっか」と声をかけてくれる。子供扱いされているような、そうでないような、どっちでもいいかな。どっちにしたって、可愛いとか好きだとか、私が嬉しい感情を抱いてくれることを祈れば。