好きな時間に起きよう。そう言ってアラームをセットしないでしなかったから、目が覚めた時間は8時目前で、普段からすればかなりの寝坊だった。お互いに疲れたんだな。なまえが隣で小さな寝息を立てて、無防備に瞼を下ろしたままの表情をじーっと眺める。
俺は疲れていてもいいけど、なまえのぐっすりな様子を見るとその理由は考える必要もないほどにわかって、普段は感じないシワがあるボックスシーツがそれを物語っていた。
堪えるような表情とか、赤らんだ頬とか、鮮明に思い出せるものがむくむくと大きくなって、首に巻き付いた腕の感触さえも堪らなかったのが連なるようによみがえった。
髪を撫でて起こそうとするものの、うっすらと瞼を上げたなまえはとろとろとした視線をまた瞼で隠したあと、俺の体に手を回した。
ぎゅっと弱々しく抱き締められ、ふにふにと柔らかなものを感じると思う。うん、これはちょっとまずい。
「んん…」
「もうすぐ8時だよ」
「まだ起きたくないよー…」
「起きようよ、ごはん食べて、コーヒー飲んで、ゆっくりしてさ。そしたら午後パジャマ買いに行こうよ」
「……行く!」
きらきらした目が全てを表している。甘えてほしいと思ったし、甘えてほしいと実際に言ったけど。さすがに想像以上の甘え上手、いや、素直に甘えているのがわかるから余計に刺さるのかもしれない。いつも狭く感じないシングルベッドが狭いのも悪くない。
「なんか恥ずかしいなぁ」
「ん?」
「私がちゃんとしてないの、昨日今日で力さんにバレバレじゃない?」
「あはは、そんなことか」
何してたって俺にとっては可愛いと思えるし、なまえが常識はずれのことはしないのはわかっているつもりだし。ベッドの上であぐらをかいて座ると、曲げた膝の上になまえの頭がちょこんと乗っかって、堪らず頭を撫でた。
「ホットサンドの中身にできるもの、なんかある?」
「ハムとチーズと卵はあるかな」
「その3つ、完璧な組み合わせだよ〜」
ホットサンドにはハムとスライスチーズと目玉焼きを挟み、意気込んで焼き目を何度も確認するなまえの横で俺はコーヒーを入れる。昨日もらったばかりのコーヒーミルでブルーマウンテンの豆を挽きはじめると、はっとした表情が俺をみて封をしたコーヒー豆の袋を見たなまえが「それブルーマウンテンじゃん!」とびっくりしていた。
「実は俺、今日誕生日なんだよ」
「え、うん……ん?」
「だから一緒に飲みたいってお願いしてもだめかな」
「……それは聞き入れなきゃだめだね」
「でしょ」
「……うん」
「じゃあ2人分淹れるよ」
出来上がったホットサンドは完璧な見張り番のおかげで綺麗な焼き目が全体についていて、申し分なかった。スライスチーズが程よくとろけて、ホットサンドメーカーの片側で焼いた目玉焼きもうっすら中が半熟になっている。黄身とチーズが熱いのを我慢しながらはふはふとホットサンドを食べていると、なんだか考え事をし始めたなまえが言った。
「私も買おうかな、ホットサンドメーカー」
「家用?」
「どっちかといえばキャンプ用かな?普段一人で8枚切2枚はちょっと多いし……あ、でもそしたらキャンプの時に力さんに借りればいいんだもんね」
「だね」
「そうだ、力さんもうコーヒー飲んだ?」
「まだ。これから」
「飲んでみて!冷めないうちに」
目の前でくるくる変わる表情を見たら、思わず自分の眉が下がるのがわかった。カップに鼻を寄せると、ブルーマウンテンの香り高さが抜けていき、口をつけた。
「……はぁ」
「どう?どう?」
「まぁ何も聞かず飲んでみて」
「うん……これ、え?おいし、」
「苦味と酸味のバランスが絶妙じゃない?」
「食後に味わうべきだったかな!?」
「じゃあ午後また淹れてあげるよ」
「え、もういいよ!」
必死に遠慮するなまえに笑えば、次になまえの家に行ったらついでにブルーマウンテンがあれば買おうとふと思った。それに他の豆も気になるし。コーヒーミルも持っていけるサイズだからなまえの家で淹れてあげられる。高校生が帰り道の途中に買い食いをするように、大人だってご褒美は必要だ。
「なんか雪降りそうだね」
「パジャマ買うの、またあそこ行くか。前に行ったショッピングモール」
「あ、初めてデートしたところ?」
カーテンから差し込む日差しはほとんどなくて雪でも降りだしそうな天気だったけど、なまえがカッブから口を離してこっちを見る姿はやけに温かく感じた。
昼になってトマトパスタを食べたら車でデート以来行っていなかったあのショッピングモールにまたなまえと行こう。パジャマ買って、またここに戻ってきて。夕方には家に送り届けてあげよう。
今年はもしかしたら人生で一番の誕生日かもしれない。今まさにそう思ってる。でも来年も再来年もこの子が近くにいるなら一番は何度だって更新されるのかもしれない。いや、間違いなくされていくんだろうな。