ドーム型テント
 最近、嬉しいことがふたつあった。ひとつじゃない、ふたつ。

 ひとつは、力さんが愛用していたガスストーブの調子が悪くなり、これは良い機会だとキャンプでも使える灯油ストーブを買ったとの知らせ。
 もうひとつは、実家の大掃除でドーム型テントが掘り出されたことなのだけど、あまりにタイムリーで正直驚きだった。
 つまり、これで冬キャンに心置きなく行けるのだ。
 
 いいことがふたつあることはなくもない話だけど、その良いことを掛け合わせたらもうひとつ良いことが生まれる。そんな足し算みたいなことが起き、真っ先にスマホを発信画面にし、わくわくしながら耳に当てた。

『もしもし』
『もしもし。力さん、今大丈夫?』
『大丈夫だよ。これから風呂入ろうかなって思ってたとこ。どうした?』
『あのね。実家からドーム型テントが送られてきて。大掃除で見つけたんだって』
『え、まじか』
『そうなの。カビも生えてなかったし結構綺麗に取っておいてくれてたみたいでさ。それで力さん最近ちょうど灯油ストーブ買ったでしょ、だからタイミング良すぎって思って電話しちゃった』
『……それってキャンプのお誘いと受け取っていい?違った?』
『違わない!一緒に行きたいなぁってこのあと言おうと思ってたの』

 あっさりとキャンプの予定を決めたあと、しばらく次は何を食べようかと話したり、電話の向こうの小さな笑い声があまりに優しかった。胸を焦がすような気持ちになりながら、そっと電話を切ったのはそれから30分ほどしてからのことだった。



 勾配のある細い山道を運転する力さんの車の助手席の安心感が半端ないのは、ゆとりの感じられる運転と、ちょっと久しぶりに嗅いだ冬の山の匂いのおかげだと思う。ハンドルを握る指の関節がごつごつと角を作り、こっそりと見とれれば、あっという間に気付かれてこっそりじゃなくなる。

 ソロキャンは好きだけど、冬の寒さには打ち勝てそうにない。それにひと張りのテントに2人で寝るのだから、力さんと私の関係が恋人であるというのは最重要だった。

「釣れるかな?魚!楽しみだなぁ」
「釣り堀だから普通に釣れるんじゃないかな」
「串も刺して焼いてくれるって書いてあったよね!焚き火でホットワイン飲んでストーブで暖まったテントの中でゴロゴロしてたりするのとか考えるだけでもう楽しいよね!」
「はしゃぎすぎて転んだりするなよ」
「しないしない!子供じゃないんだから」
「そう?時々子供みたいだけどね」

 ちゃんとしている力さんと、あんまりちゃんとしていない私と。大人みたいな力さんと、時々子供みたいな私と。でこぼこがはまったようになんの違和感もなく側に居れること。……どうしよう、すごく幸せだ。そう揺れるキーケースを見ながら思った。

 キャンプ場につくと、電源サイトはこたつを持ち込んだりホットカーペットを持ち込むキャンパーにとっては必須なので冬もいつも埋まっている。ハイシーズンとは真逆なため、フリーサイトはガラガラだ。
 バサバサとテントを広げ、ポールを通してペグを打って。柔らかい日差しと気温の低さのせめぎ合いを感じさせられる。

「このテント、全然カビてないね」
「でしょ!お父さんグッジョブでしょ?」
「ほんとにね。俺たちのテントじゃストーブ入れられないからありがたいな」

 フライシートをかぶせると、必要な荷物だけをテントに入れた。2人でやるとあっという間にテントが立つし、一緒にやっているというだけで楽しい。友達とわいわいするキャンプとも、ソロとも違う。別の心地よさがある。きっと、力さんだからだと思うけど。
 それにしても鼻の頭が冷たくて回りを見渡せば、所々に雪が残っていたのを見て、通りでと思った。

「コーヒー飲もうか」
「豆挽くのやりたい!」
「いいよ。待ってね」

 力さんが豆をセットしてくれるのを待つ間、力さんと私の椅子を出して小さなテーブルを広げ、お湯を沸かす。手袋をしていても冷たい手をこすり、ポケットに入れていたカイロを包むと、優しく笑う力さんが隣に座った。

「じゃあ豆入れたから。これお願いします」
「はーい」

 ミルを手渡され、折り畳みのハンドルを出して回し始めると、ゴリゴリと豆が砕かれていく音がする。最初は重いハンドルもだんだん軽くなり、賑やかな音もなくなるのだけど、ちょっと癖になりそうな感覚だ。
 フィルターに粉を出すと、なんだかちょっと感動ものだと思った。不便の楽しさを知っているからこそ、なのかもしれない。隣を見れは優しい視線と交わり、ダウンの襟に隠れきれていない唇の端が上がっているように見える。

「今日はいつもに増して表情がコロコロ変わるね」
「あはは!そうかな?かわいい?」
「うん、かわいい」
「……」
「なんでなまえが驚いてんの」

 沸騰したお湯をフィルターに注ぐ力さんは伏し目がちで口元はさっきのまま、私とそんな会話をした。背もたれに背中を預けてゆらゆらと上がる白い湯気と力さんを眺めて黙れば、自分を誤魔化すようにダブル構造のカップにポタポタとコーヒーがドリップされる音に耳を済ませることにした。