おやすみと星空
おやすみを言い合って、シュラフに潜った。ドキドキよりも安心を与えてくれる力さんの隣の心地よさは一級品で、瞼を下ろせば眠りにつくまでは一瞬だ。
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ふと目が覚めると、まだまだ外は暗いよう。トイレに行こうとダウンを着てテントを出て何気なく空を見上げると、あまりにも星が綺麗でライトを消してそのまま立ち止まってしまった。
あまりに綺麗に光るものだから、しばらく待ってみたらもしかしたら降ってくるんじゃないかなんて思えるほどだ。
せっかくの星空をひとりで見るのはもったいないけれど、力さんを起こすわけにもいかなくて、もどかしさのような寂しさのようなものを抱えながらとりあえずトイレを済ませ、おぼつかない足元のまま、空を見上げて歩く。きっとこんなところ力さんに見られたら、危ないよなんて注意されて手をとってもらえるのかもしれない。
吐く息は寝る前よりも白く、星のおかげで視界はそう悪くなかった。
やっぱり、力さんにも見てほしいなぁ。うまく撮れないかもしれないけれど、写真だけでも残しておこう。
起こさないように。忍び足でテントに戻り、枕元に置いたままだったスマホを取りに行くと、カサカサとシュラフの擦れる音が聞こえる。
とろりとした目の力さんがぼんやりと私を見て、眠れなかった?と呟いたのを見届け、口を開いた。
「星がね。すごく綺麗だから写真撮ろうと思って」
「……スマホ持たないでトイレ行ったってことね」
ぬかりないというか、鋭いというか。はい持っていきませんでした、と白状すると力さんはおかしそうに笑い、スマホで時間を見てからのそのそ起き上がりシュラフを抜け出て、俺も見たい、と言った。
「私ね、思うんだ。夜中に起きちゃって、よかったと思えるのはキャンプくらいじゃないかなって」
「……たしかにそれは言えてるかもね」
一旦閉めていたテントのチャックを開けると、ひんやりとした空気を再び頬で感じる。星が綺麗なのは、季節が冬ということも大きな要因になっている。
嫌なことがあっても、うまくいかないことがあっても、この星空を見ればなんでも忘れられるような気がするほどに星は輝いていた。
「……すごいな」
後ろの方から降った言葉は、その一言だけ。その通りで、それに尽きると思う。しかも、このなんでも忘れられる空に、力さんがいるというのは奇跡みたいだ。
スマホをかざしてみても画面越しにあるものは肉眼で見る空とはまったく違うものであっさりとポケットにスマホを入れ、心のシャッターを何度もきって、記憶の中に埋めることに集中した。
「ずっと見てられそう」
「ね。さっき私、暫く眺めてたよ」
「……ずるい。俺も一緒に見たかった」
首をすくめながら言った力さんがなんだか可愛くて、くすぐったくて、ふふ、と声を漏らして笑うとポケットから出した大きな手が私の頭を撫でた。
「なまえといると、何でも楽しい。俺ひとりじゃできないことも、なまえがいるから出来てるものもたくさんある気がする」
夜はロマンティックな気分になるけれど、深夜は内に眠る物悲しさみたいなものが垣間見えるようだ。そんな時にでた私への言葉が偽りのないものなのはなんとなく直感でわかった。私の直感は力さんの心と繋がってはいないけれど、それでも素直に嬉しかった。
私も同じだよ、とか。力さんのそばにいることがいちばん自分らしくいられるよ、とか。いつも大好きだよ、とか。お返しの言葉はたくさんあったけれどなにひとつ上手く言葉にできない気がした。
「また星が綺麗だったら、次は起こしてよ」
「……熟睡してても?」
「うん。なまえが起こしたくなるくらい綺麗なら」
それからテントの中に入るのが惜しくて空を見上げていたけれど。だんだん冷えてきた私の頬を手の甲で触った関節のはっきりとした手も冷たくて、2人揃って寒いねと口にして。かさついた頬を力さんの指が撫でた。
「中入ろう」
ごくごく自然に包まれた手を引かれ、テントの中に足を踏み入れながら。大好きな背中を見て思った。
力さん。また見上げた先に綺麗な星があったら、次も一緒に見ようね。夏の星空よりも冬の星空の方が好きだから、起こすほどの星空はまた来年の冬になっちゃうかもしれないけれど、それでもいいかな。
優しく、優しく。目を開けて私を見て笑んでくれるくらいに優しく起こすから、願わくばまた優しくとろけそうな瞳で私を見てね。
「なまえ、おやすみ」
「……おやすみ、力さん」
まだまだ知らないことや楽しいことがたくさんあるはずだ。少しずつ、ゆっくり。力さんとふたりで知っていきたいな。
力さんとの思い出が、綺麗な星や楽しいものでいっぱいになりますように。