現実かそれとも
お日様はにこにこと笑い、すっかりBGMとなった子供番組の音楽が車内に響く。2列目のシートでは大きな声で歌う子供たち。それに力さんと私も歌詞が記憶にしっかりこびりついているせいで無意識に歌を口ずさむ。
ワゴンでありながら運転席のバックミラーには後方が見えないほどパンパンに積んだ荷物を順番に下ろしていくと、どこかの車のCMさながら子供たちが車を降りて、早速とんぼを追いかけて遊びだした。
「ねぇパパ!遊びにいっていい?」
「ぼくも行きたい!ブランコのところ!」
「行ってくるね〜〜!」
そう言って駆けていこうとする子供たちを力さんが引き留め、出したばかりの2人掛けのイスに子供たちを座らせる。
「子供だけじゃ危ないからだめでーす」
「え〜!行きたい〜!」
「テント立て終わったら一緒にいってやるから。あ、そういえばさっき買ったお菓子は?食べた?」
「お菓子食べる!」
時間稼ぎをしたいときに子供にお菓子を与えるのは一番手軽でウィンウィンな策である。ただし、食べ過ぎると夕飯を食べなくなるという欠点があるけれど、キャンプに限っては特別だ。大人だっておつまみにお菓子食べたりするわけだし。
「なまえ、今がチャンス」
「あはは!そうだね。ちゃちゃっとね」
「そうそう」
タープを車から下ろすと、力さんも私もすっかりプロの手さばきで位置を決めてペグを打っていく。他の区画からの視線を遮るように六角形の端を固定して、ドーム型テントを組み立て始めると、毎回のように蘇る思い出が頭に浮かんだ。
大切に大切に、毎回きちんと手入れをして使ってきたこのテントには沢山の思い出が詰まっている。
「なまえー、ポール入れるから先端まで差して」
「はーい」
ボリボリとお菓子を食べる音が聞こえる横で忙しく動いている間にテントの設営終えて時間を見ると、かかった時間は今までで最速だった。
「ママ!パパ!ブランコのところ行こ!」
「ちゃんと前見ないと転ぶよー」
下の子と手を繋ぎ、前を走る上の子に声をかける力さんは絵にかいたように理想のパパをしていて。私はなんて幸せなんだろうと思う。薄いブルーのシャツがひらひらとなびく。首にかけたカメラを向けてシャッターを切れば、振り返った力さんの表情は優しく柔らかく、心地よかった。瞳が細められると、胸が高鳴った。私はいつまでも、この感情を味わって、この先もいるんだろう。
▽
冷たい川の水を水鉄砲のタンクに入れて装着した力さんが子供たちにそれを渡す。
「お約束覚えてる?」
「うん!しらないひとに向けない!」
「よし。遊んでおいで」
「わーい!」
はしゃぎだした子供たちを見て、もう秋に入ったというのによくやるなぁ、なんて思う。いたずらな瞳から透ける心は汚れがなくて、そんな2人を見ているとついつい笑ってしまう。
「楽しそうだなぁ」
「うん。ほんとにね。あはは」
足元を見ずにけらけらと笑っていたら、ごつごつとした石につるっとサンダルが滑って「わっ」と声が漏れた。
「大丈夫?」
「……びっくりしたぁ」
よろけただけで済んだのは、力さんが咄嗟に片腕を支えてくれたおかげだ。子供たちは私がよろけたことに気付かず、それはもう楽しそうにびしょびしょになってはしゃいでいる。片腕をつかんだ力さんの手が気付けば指先まで下り、いたずらに笑んだ。子供たちのいたずらな瞳と力さんの今の笑み、そっくり。
「危ないからつないでようか?」
「……うん、危ないもんね」
「ママとパパにもかけちゃえ〜!」
絶対やられると思った!そんな風に思ってすぐ水鉄砲がこちらに向けられて、ぎゅっと目をつむった。世界が暗くなったけれど、冷たさを感じない。
……あれ、なんで?
ひんやりとした空気に違和感を覚えながら瞳を開けると、そこは力さんのおうちだった。独り暮らしサイズの冷蔵庫に、見慣れたカーテン。隣を見たら力さんが気持ち良さそうに寝息をたてていて、ようやく気づく。あ、今の。夢だったんだ。
「……なまえ」
「ごめんね、起こしちゃったね」
「もう朝なの?……あ、まだ5時半。もうちょっと寝ようよ」
ゆっくりとした瞬きが、眠気を誘う。ゆったりと引き寄せられた腰が力さんにくっついた。小さな呼吸が響き、私も目を瞑った。
カーテンの向こうから鳥がさえずるまで、続きを見れたらいいな、なんて思いながら。
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