友達とわらび餅
珍しく酔ってる。これ以上飲んだらヤバそうだからこの辺にしておくか。うっすらと滲んだような視界の隅に意識がいってからそう思った。それにしても、なんでだろう。不思議と酒を飲むとなまえに会いたくなるんだよな。人恋しいじゃ誰でも良いみたいで違うし……あ、なまえ恋しいか。……あはは。酔ってんなぁ、俺。
トイレから戻った俺を木下が見るなり、スマホ鳴ってたぞーと言って指先でちょいちょいと置きっぱなしだったスマホをテーブルの上で数センチ滑らせた。にやにやしているその表情を見る限り、想像できる相手はひとりしかいない。
「結構鳴ってた?」
「いや?わりとすぐ切れたけど……彼女?」
「うん」
「まーじでー」
「マジで」
いつから付き合ってんの?と成田は普通に聞いたが、木下は俺だけぼっちかよと頭を抱えていた。田中は清水先輩と電撃結婚を果たしたし、西谷は……そもそもどこにいるんだろうな、今は。
なんだかんだでバレー部の仲間と集まるのは同学年ばかりだ。成田と木下と、たまーに田中も居たりいなかったり。大体いつもそんな感じだ。
「なぁ、縁下〜」
「……無理だよ。ていうか嫌だ」
「まだ何も言ってねーし!」
こういうとき、酔っぱらいは大抵言うんだ。呼んでよってな。木下が口をもごもごさせてとりあえず焼き鳥を口に入れたところを見て、やっぱり、なんて笑えば成田がごく冷静に言った。
「とりあえず折り返した方がいいんじゃない?」
成田の意見はもっともだ。ポケットにしまったスマホを取り出して座敷を下りれば、さっき脱いだばかりのサンダルを履いて電話をかけた。ラインも来てないし、暇してたのかな。
『……もしもし』
『もしもし。さっき電話出れなくてごめん。どうしたの?』
『無性に会いたいなって思って電話したんだけどね、急じゃ迷惑かなって思って諦めようとしてたとこ』
『……今どこ?』
どこで会うとか、何をするとか。そんなこと何も考えていなかった。それはもう自然に言葉が出てきて、恥ずかしいくらいに堂々と聞き耳を立てている木下や成田のことなんて気にも留めていなかったし、なんなら目も合った。
『ちょっと買い物して、お茶してるよ』
ここら辺では大きな駅でしか買い物はできないし、飲み屋の選択肢も多くない。だからなまえが居たのは本当に近くで、びっくりといえばびっくりだし。逆に、それしかないもんな、なんて考えもした。
『力さん、もしかして飲み会?なんか賑やかだけど』
『あ、うん。高校の部活の奴らと飲んでる』
『そっか。じゃあそろそろ切らなきゃだよね』
『……なまえに会いたいって思ってたから、もう帰ろうかな』
『ち、力さん。あの……酔ってる?』
「近いっぽくないか?」
「まぁ、会話的に」
「誘わねーかなー、見たいなー縁下の彼女。あ〜いいな〜ラブラブ」
ストレートに声を掛けられはしないが、後ろで酔っぱらいがひとり、ぼそぼそと呟いている。多分口を尖らせて、ここぞと言わんばかりに。仲間内の集まりに彼女を呼ぶなんてそう易々とできるものじゃないというのに、本当に酔っぱらいというのは恐ろしい。目を細めて振り返れば、木下と目が合い、さっきまでぼそぼそと後ろから聞こえていた呟きがぴたりと止まる。
『もしもーし……じゃあ私、迎えに行くよ』
いつもよりも酔っていると思った俺を心配したのか、なまえはそう提案して。ちょっと顔見せるくらいならいいか、と木下の要求を少しだけ飲んでやることにした。
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なんでこうなった。
いや、なんとなくわかっていたけど。俺の友達だと安心してか、1杯くらい飲んでいきなよという木下に押され、なまえはグラスを傾けている。あ、今は3杯目に突入したばかり。
ほんのり、とろりとなまえの舌がまわるようになってきて、ヒヤヒヤしているうちにまわりかけていた俺の酔いが引っ込んで。俺は絶対に言わないからだろう。俺たちの話をつまみにするように木下はなまえに質問をしては、へえ〜と意味深な視線を俺に送ってくる。
「みょうじさんはさ〜縁下のどういうところが好きなの?」
「沢山ありますよ〜!優しいところ。あとすっごく紳士なところ。あとかっこいいところでしょ、それに」
「あはは、無限なんだ」
「まだ終わってないですよ!」
すっかり場に溶け込んだなまえは、へらりと笑いながら俺を見て、えっとあとは、なんて嬉しそうに言うものだから、口元を手で覆い目をそらす。やっぱり俺が帰れば良かったなぁ、なんて思ったけれど、こんなこと俺からはなかなか聞けないしな。木下だってこの様子じゃ明日の朝には半分くらいしか覚えてないだろ。
「あとはたくさん甘えさせてくれるし、時々だけど可愛いとか言ってくれるのも嬉しいし……あ、違いますよ!時々だから嬉しいんですよ。重みがあるっていうか。本当に言ってくれてるんだなぁ、みたいな。 でも一緒にいると本当に安心するところも好きだし、」
「……なまえ」
「んー?」
「みょうじさん、その辺でやめてやって。縁下がショートしてる」
目の前で進んでいく会話がただ耳に入るのはきっと、成田が言う通りだからだ。あはは。俺いま、全然喋ってなかったな。
そっか、なんて聞き流してメニューを眺めるなまえはいつもよりもよく笑っているけど、酔いがさめてからほんの数秒前までのことを思い出すんだろう。
いいなぁ、彼女。そんな木下の表情にえもいわれぬ視線を送れば、少し下がっていた瞼が持ち上がった。
「なまえ、まだ飲むの?」
「うーん……」
「やめときな。ぼちぼち家まで送ってあげるから」
「えーやだ、今日は帰らない」
なんてこった。迎えに来てくれたはずのなまえが心地良さそうに座布団に座り、あーだこーだとひとり悩みまくっている。
「決めた!わらび餅にしよ!」
「……え?帰らないんじゃ、え?帰るの?」
まだアルコールが残っているんだろうか。うまくまとまらない思考に首をかしげると、なまえはとろりとした瞳を向けてきて。
「帰らないよ。力さんち泊まるの」
その瞬間の、木下の心底羨ましそうな顔と、成田のほほえましいものでも見るような表情といったら。いや、それより俺の隠し損ねた顔の方が問題だったかもしれないな。
キーワード / てのひらの縁下と、烏野バレー部の飲み会に参加して、みんなに紹介してもらう