カラスの鳴き声で目が覚める。目覚ましとしてはあまり良いものではない。いもむし型の寝袋から出ると、着替えを済ませてから寝癖のついた髪を束ねた。
テントから出ると、どこからか戻ってきた縁下さんが目の前の道を歩いていた。
" おはようございます "
聞こえなかったが、ぺこっと頭を小さく下げながら多分そう言ったような気がする。洗面で仕度を済ませると、テントに戻って朝ごはん。トーストとコーヒー。バーナーでカリカリになるまでパンを炙るだけ。
帰る日の午前はチェックアウトまで片付け意外と忙しくて、それでないと後が詰まる。
昨日の焚き火、楽しかったな。ソロキャン同士でこういうこともあるんだ。むしゃむしゃとパンを食べながら思い出すのは、あの和やかな雰囲気だ。もしお隣が変わったおじさんだったりしたらまず松ぼっくりも諦めてたし、焚き火に参加したいとも言わなかったと思う。
スマホを開いてラインのアイコンを見る。めちゃくちゃいい写真。すっかりお気に入りになっていた。
コーヒーを飲み干して食器の片付けをすると、朝露で濡れたテント乾かすために被せのシートを外してまだまだ広く空いている芝生に広げる。こっからが重労働だったりする。
テントが乾くのを待つ間にふらりと散歩に出て、自販機でコーラとりんごジュースを買った。どうやら2泊らしい同じ9番サイトのファミリーは、木と木の間にピンと張ったロープに洗濯をいっぱい干している。ちっちゃいTシャツがかわいい。
私と同じくテントを天日干し中の縁下さんの方へ近づくと、声をかける。
「縁下さん、昨日はありがとうございました」
「いーえ」
「どっちがいいですか?」
「いいの?ありがとう。いただきます」
じんわり汗をかいて目の前でコーラのキャップを開けて飲む縁下さんを見届けてから自分のテントへ戻ろうかと思うと、すこし眉を上げた縁下さんがポケットを探りながら私を呼び止めた。
「このピアス、みょうじさんの?」
「…ピアス?」
縁下さんの手のひらに乗ったピアスは紛れもなく私のもので、昨日の焚き火の最中に落としといたらしい。両耳を触ると左耳にしかピアスがついていなかった。
「よかった。焚き火台の近くに落ちてたからみょうじさんのかなって一応拾ったんだけど」
「昨日から助けてもらってばっかりですね」
「そう?助けてるつもりはなかったよ」
さらっとそう言われると、肩の荷が下りたような気がした。縁下さんがテントの乾き具合をチェックし始めて、自分の乾かしているテントを遠目で見た。そのまま何気なく縁下さんの車のナンバーを見て気づく。地域名が私と一緒だ。もしかして……近い?
「ああ、ナンバー?同じだよね。俺も朝気づいたけど」
「私も今…最寄り駅どこなんですか?」
あっさり縁下さんから明かされた最寄り駅は私のマンションからそう遠くなかった。もちろん驚きは隠せない。なんというか、まぁこのキャンプ場から1時間ちょっとだし、全然ありえる話だけど。
「もしかしたら普通にスーパーとかで会うかもしれないですね」
「ね。逆になに話したらいいかわかんなくなりそうだな」
「……それありえるなぁ」
「……ねえ、そろそろみょうじさんのテントも乾いたんじゃない?」
「そうだ、片付け」
促されるように自分のテントに戻ってぐるりと一周チェックすると、テントはほとんど乾いていた。ポールを外し、自立しなくなったテントを丁寧に畳む。
昨日の朝家で積んだ順に荷物を自分の車に積み、後ろの扉を閉めた。あとはチェックアウトして帰るだけ。
ほぼ同じタイミングで荷積みの終わった縁下さんがこちらへ歩いてきてくれる。最後の挨拶だろうな。
「みょうじさん、色々ありがとね。楽しかった」
「私も楽しかったです。じゃあ……また?」
「うん。またね」
薄いブルーのシャツをはためかせて颯爽と車へ向かう縁下さんを見送り、少し時間を置いてから出発した。交わしたのか交わしていないのかもわからない約束がいつか現実になればいいな。
暫くの間、私は松ぼっくりを見るたびに縁下さんのことを思い出すような気がした。