焚き火2
 ダウンに、ニット帽に、ブランケット。これでもかというほどの防寒をしても、それでも寒い。やっぱり縁下さんが言った通り、もう冬みたいなものだ。

 優しく赤みを帯びる薪や、ゆらゆらと上がる火に手を向ける。私の持ってきたワインをホットにして、のんびり、ぼんやりとしながら口にする縁下さんを視界に収めると、体の中がぽかぽかしてくるような気がする。
 楽しそうな会話が聞こえる近くのツールームテントからは、あったかいね〜なんて声が漏れ聞こえ、冷たい鼻の頭を触る。昼間に車から灯油のストーブを下ろしていたのを思いだし、それだ、なんて思った。

「暖かそうですね」
「……ん?」
「灯油のストーブ置くなら、やっぱりツールームテント必要なのかなぁ」
「ああ。ドーム型でも大丈夫じゃない?でも、一人なら冬用シュラフの方が楽だと思うよ」
「……やっぱり?」
「うん」
「ですよねー…」
「12月とかもキャンプするの?みょうじさん」
「今年はあと1、2回くらいできたらいいな〜とは思ってますね」
「すっかりキャンパーじゃん」

 目尻を下げながら笑われると、とくとくと注がれる気持ちを飲み込むようにホットワインを飲む。ホットワインは常温で飲むよりも甘くなる。アルコールは多少飛んでいるはずだけど、ふわふわと気持ちがよくなる感覚はいつまでも心地良い。
 縁下さんのカップの底が見えたところで縁下さんが立ち上がり、こびりついた米をふやかし中のクッカーを覗いた。

「これだけ洗ってくるね」
「行きますよ、私」
「大丈夫大丈夫。途中だし。ゆっくり飲んで」

 私のカップの中を見て、そんなに気を使わなくてもいいと言われているような気になる。ふと思ってしまった。縁下さんとお付き合いできる人は本当に幸せ者だと。
 空を見上げると、何にも邪魔されずに光る星がたくさん。吐く息が白い。わざともう一度、はーっと息を吐くと、じわじわと白さを失った。

 こんな満天の空にタープはもったいない。縁下さんも私も、タープは持っていないけど。そもそも、選択肢にはないんだけど。お酒が入り、楽しそうに話すグループも、よく聞こえる会話の限りソログルキャンプらしい。

 それぞれの家族の話とか、奥さんがどうだとか。わりとプライベートなことは今のところこちらまで丸聞こえだ。ずーっと喋ってるお兄さんの声についつい耳を傾けて、ついにはくすくす笑ってしまったり。
 静かなキャンプも好きだけど、こういうのも悪くないかもしれいない。しんとしたキャンプ場のその一画だけがラジオのようにお喋りを続けている。

 火が小さくなってきて、カップを置いて薪を足した。椅子に座り直し、背もたれに身を預けたとき。

「ひっ」

 首もとに氷みたいに冷たいものが当たり、慌ててそれを捕まえる。捕まえたそれはひんやりと冷えきった手で、その先にはいたずらをする子供のように笑う縁下さんがいた。

「びっくりした〜」
「あはは、さっきの仕返し」
「ていうか縁下さんの手、めっちゃ冷たいじゃないですか」

 何気なく縁下さんの冷えた手を両手で包むと、何気なく目が合って、するりと熱の移った手がいなくなった。気まずいとかじゃないけれど、全く意識していなかった気持ちの種を撒かれたような感じがする。

 ふきんでクッカーの水気を取りはじめた縁下さんに、持ってきたカイロを袋に入ったまま渡す。ささっと拭きあげたあと、ありがとう、とお礼を良いながら袋を開けてカイロを包みながら縁下さんが椅子に座ったタイミングでさっきのソログルキャンパーたちの方からギターの音が聞こえる。最近流行りのあの曲、ちょっと切ない歌詞あの曲。
 消灯時間前ではあるものの、今までギターの音色が聞こえたことはなかったのでさすがにびっくりして縁下さんを見ると、網の端に置いていたホットワインの鍋をカップに注いでギターの聞こえる方を静かに見ている。

「さっきね。縁下さんがいないとき」
「何かあった?」
「あそこのグループの話がずっと聞こえてたんですけど」
「うん」
「ソログルキャンプみたいで、それぞれの家族の話とか色々してて。なんかそれがラジオみたいで」
「ギターも始まったしな」
「ね。次はこちらの曲をお聞きください、て私の頭の中のパーソナリティーが言ってました」
「あはは。そう思うと、賑やかなのも悪くないかもね」
「ですね」
「みょうじさんのそういうとこ、すごく良いと思うよ」
「……多分だけど。縁下さんといるからじゃないかな。優しい気持ち、いつもたくさん分けてもらってますからね」

 恥ずかしげもなく言った言葉が夜に溶ける。どこの詩人かと自分の心の中で突っ込み、それで終わり。ほんのり切ない気持ちになる。なんでかはわからない。縁下さんは優しい視線をくれたあと、そっか、と穏やかに口にして静かに焚き火に視線を下げた。