線路の向こう側の、隣の駅の近く。みょうじの家は歩いても帰れる距離で、定期もあるし電車ももちろんあるけど、なんとなく歩いて帰ることになった。ケーキのせいでなんとなく口が甘ったるいな。無意識にポケットに手を入れたら、みょうじがくれた手袋に触れて、みょうじに何も言わずにそれをはめた。
「寒ない?」
「……寒いけどええねん」
何がええねん。なんでそんな顔すんねん。マフラーに顔を埋めて、俺にプレゼントをくれた時と同じ顔をして。はーっと息を吐いて、吐き出しそうなもんを我慢して……でもなんで、我慢してんねやろ。怖いんかな、もしかしたら。
「わたるくん、プレゼント喜んでくれてよかった。好きなキャラクターとか知ってたらもっと考えられたんやけど、」
「みょうじにプレゼントもらえてわたる嬉しかったと思うで。顔見たらわかるし。俺あいつの兄ちゃんやから」
「そっか」
「なー、みょうじは?楽しかった?」
「めっっっちゃ楽しかった!」
絵文字で見たことあるわ。こういう顔。めっちゃ嬉しいときに使うやつ。知ってる。またこの顔したら言ったろ。スマホ見せて、こういう顔してたで、って。
「ケーキ食べれんかったね、わたるくん」
「あはは、せやなぁ。明日の朝にはサンタさんがプレゼント置いてってくれとるはずやし、新しいおもちゃで遊ぶんで忙しくて忘れてんで、きっと」
「今度手紙書くとき聞こかな、何もらったん?って」
「……ずっと思ってたんやけど。みょうじはわたるのこと、ほんまに友達みたいに接してくれるよな。子供扱いせんと」
「私嬉しかったで。わたるくんが友達て言うてくれて。子供でも、友達は友達やと思うな」
「……俺、みょうじのそういうとこ、好きやわ」
「……好きなん?」
じりじりと視線を感じて、その元を辿れば、みょうじが俺をじーっと見てて。好きなんって……なに俺さらっと言うてんねん!
「あ、ちゃう!そうやなくて」
慌てて否定すれば、みょうじしょんぼりと前を向いて「嬉しかったのに」とマフラーに顔を埋めたままもごもごと言うた。その。その嬉しかったとは。最後に振る方の嬉しかったなんか、ハッピーに終わる方の嬉しかったなんか、顔が見えなくてわからんかった。でも今さら映画みたいにタイムスリップは出来へん。
「なぁ。今の。聞かんかったことにしてくれへんかな。俺、みょうじのこと、好きやから」
「……ええよ。聞かなかったことにする」
「付き合うて。俺と」
「……うん。ええよ」
今の返事、偉そうやったな。そう言いながらみょうじがマフラーに埋まっていた口を出して、声を出して小さく笑った。全然思わんかったで。それより嬉しいから、どうでもええねん。付き合うてくれるってことは、俺のこと好きってことやろ。ちょっとか、たくさんかはわからんけど。
「多分、」
「……?」
「私の方が山田くんより長いからな。意識しとった期間」
いたずらにみょうじが笑い、ぎゅん!と心臓が苦しくなった。しばらく学校も休みやし、なかなか会えへんと思ったけど。理由がなくても会う理由が出来た。思わず口元に手を持っていけば「あっ」と手袋に気づいたみょうじが声を出し、慌ててぱっと手を後ろにやる。もう、遅いんやけどな。
「めっちゃ暖かいわ。ありがとう」
「…よかった」
「またって思われるかもしれへんけど……暖かくなったら。わたるには内緒で行こ」
「どこ?」
「動物園」
「……それは、楽しみやなぁ」
高校1年のクリスマス。初めてちゃんと彼女が出来た。優しくて、素直で、可愛い彼女。次はしょっぱい卵焼きがいいとか、どっかで聞いたような話して、手を繋ぐわけでもなくみょうじの家へと向かっていった。
そう。これが、俺となまえの馴れ初め。
▼
「ただいま〜」
「お兄ちゃんおかえり〜。ちゃんとなまえちゃん家に送り届けた?」
「早速なまえちゃんに戻っとるし」
「いや〜最初はうっかり呼ぶとこやったわ。セーフ……」
「アウトやろ。あれは」
「……ん?」
「え、なに」
「そんな手袋持ってたっけ」
「これは、そのー……」
「もらったん!?なまえちゃんに!?」
「も、」
「……も?」
「……もらった」
「俺、ずっと気になってたんやけど」
リビングからぬっと顔を出したオトンが今年一番にやにやして、同級生でも茶化すみたいな顔で言うた。実は付き合うてたりせえへんの?って。
「思春期の息子に聞くか普通!」
「だってなぁ、そやったら嬉しいよな、お父さん」
「おん。嬉しいな」
「だーー!もう……付き合うとる!……以上!」
息子の青春目の当たりにすんの恥ずかしいな、と絶えずにやにやするオトンとオカンを無視して自分の部屋に入ると、ケーキの甘い香りと、滅多に飲まない紅茶の香りと、それとは違う優しい香りがして、俺も多分にやにやしながら手袋を外した。
20201122