平日のお店のピーク時間はもちろんお昼時だけど、おにぎり専門店なこともあって持ち帰りのお客さんは多い。シフトに入っていたバイトの子が風邪をひいたらしく、今日は治さんと私で乗りきらなければいけなくなり、只今大忙しの真っ最中だ。最近来てくれるようになったOLさん3人組が店内に入ってきて、いつものテーブル席に座った。
 その中の1人だけは、一番通ってくれている歴が長くて、他の2人よりも何年か先輩なようだ。お茶を出して注文を取る。3人とも気分でいつも注文が違うから、いつもの、というドラマでありそうなセリフは彼女たちから聞こえたことはない。

「明太子と、さけ。あとは?」

 OLさん達の休憩時間は限られているためか、ぱっぱと注文が言われていく。恐らく私がメモする後ろで治さんはすでにそれを聞きながら準備をしていて、なんとなく安心感を覚える。いつものパターンみたいになっているから。

「注文入りました。明太子と、さけと……」

 そう読み上げながら振り返れば、すでにお皿にはおにぎりとたくあんが乗っていて、味噌汁も添えられている。目があった治さんはさわやかに笑って、よろしく、と言ってから入店したばかりの持ち帰りのお客さんのレジを打ちはじめた。

「お待たせしました」
「いや、待ってへんよ」

 けらけらと笑う先輩OLさんに合わせて笑えば、息ピッタリですね、とあとの2人が言う。この一時だけ店内が落ち着いているからと、普通ですよ、と遠慮がちに返す。

「なに言うてんの。宮さんとみょうじさん、仲良しやん」
「付き合うてるとか?」
「え、いや、その」
「え!当たった?」
「はずれです。私じゃ釣り合わないですよ」
「ちょっと、忙しいんやから邪魔したら悪いやろ」
「先輩が話し始めたんやないですか〜」

 へらりと笑って頭を下げ、カウンターに戻る。今の会話が治さんに聞かれていないことを祈って。OLさんたちから見て、治さんと私はそう見えるんだろうかと考えたけど、やっぱり治さんは私にはもったいないほどの素敵な人だ。いつからか気付けば私は治さんを好きになっていたけど、治さんの気持ちを図ったことはなかった。

 カウンターに入って早々、減ってきた具の補充をしようとケースをチェックした。たらこと、明太子と、しゃけと。小さく声に出し、奥の冷蔵庫へ行く。下の段から仕込んである具を奥から引っ張り出していると、上の冷蔵庫を開けた治さんが静かな声で呟いた。

「随分困ってたな、なまえ」
「えっ、全部聞こえてたんですか?」
「丸聞こえや」
「……治さんだって急にあんなこと言われたらびっくりしますって」

 見上げて治さんを見れば、ゆるりと口角をあげている。少し前までの治さんと、最近の治さんが違うのはなんとなくわかる。じわじわと変わっていったのか、突然変わったのかもわからないけれど。それに、その変化がどういう意味の変化なのかもわからないけど。
 すぐにカウンターへと戻っていった治さんの後をタッパーを重ねて持って追うと、手袋をはめて具の補充をする。つけっぱなしのテレビがニュースを流し始めて、午後1時になったことを知らせた。

「ごちそうさまでした」

 カウンターのお客さんが席を立って、お会計をする治さんを横目に布巾を持ってカウンターを出た。お皿を下げて綺麗に拭くと、店内のお客さんはOLさんの他に1組いるだけ。午後1時というのは大体境目で、ほとんどの会社が休憩が終わる時間なこともあり急に客足は落ち着く。前にちらっと聞いたけど、OLさん達の会社は12時半から1時間の休憩が始まるって言ってたっけ。

「ありがとうございましたー」

 帰っていくお客さんに頭を下げると、早くもおにぎりを食べ終えたOLさんたちがお財布を持ってレジに並ぶ。いつも通りに別々にお会計をしていく中、一番最初にお会計をした先輩OLさんが私に近付いて小声で言った。

「ごめんな、変な話になってしまって」
「気にしないで下さい。大丈夫ですから」
「ピンクの財布の子がな、宮くんかっこええって最近うるさくて」
「あ、……そうなんですね」
「無理やでーって言うたけど、聞かへんの」
「……なんで無理なんですか?」
「え、」

 私、なにか変なこと言ったのかな。ぎょっとした表情の先輩OLさんが私を見て数秒固まり、ほんまに言うてる?と顔を綻ばせたと思えば、ケラケラと笑って財布を口元に当てた。

「大変やな、宮くんも」

 突然声をかけられた治さんを見たら、すべてを理解しているように頷く。話を全然聞いていなかったはずなのに。

「先輩、行きましょう」
「そやった」
「じゃあ宮さん、また」
「ありがとうございました」

 治さんはカウンター内からお辞儀をして、私は3人を見送ってから戸を閉めた。テーブルの器をカウンターに乗せると、治さんがそれを手際よく片付けていく。テーブルを拭いて備え付けのものを整頓し、さっきのやりとりはなんだったんだろうと思う。治さんはなんで無理なんだろう。なんでそれを、OLさんが知ってるんだろう。もしかしたら、私が治さんを尊敬と同じくらい好きなように、治さんにも好きな人がいるのかと思うと胸がちくちくと痛んだ。




モドル