どうも、山田です。最近、治さんの牽制がえぐいです。牽制っていうか、みょうじさんと話してるときの視線が痛いいうか。多分、俺が前にあんなこと聞いたからやと思います。みょうじさんは相変わらずですけど。
治さんをアルバイトみんな治さんて呼んでいるからか、治さんも割とアルバイトをあだ名とかで呼んでます。俺はまだ新米やから、誰もあだ名で呼んでくれへんのですけどね。でも、治さんが呼び捨てするんは、みょうじさんだけです。だって、なぁ。この間言うてたし。好きやって。
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着替えを済ませてロッカーを閉めると、治さんとみょうじさんと俺と入れ替りで帰る先輩が居って、俺を見た先輩が「山田くん頑張ってな」とバシッと強めに背中を叩いて休憩室に入っていった。知っとるからかもしれんけど、機嫌の良い気がする治さんとみょうじさんに「おはようございます」と挨拶をして補充するものがないかケースの蓋をパカパカと開けていった。
「あ。海苔ない」
「えっ、いつも山田くんに海苔やってもらってるよね、ごめんね」
俺の呟きに反応したみょうじさんがくるりと俺へと顔を向けて謝り、海苔のストックのある棚へ向かおうとするから、慌てて引き留めた。俺やります、って。
棚の中を覗くと開封されてる海苔がダブってて、しかも量も同じくらい。誰か知らないで開けてしまったんやろか。いや、もしかしていつかの俺か……?両手に海苔を持ち、どうしようかと悩む。休憩室のドアが開いて、先輩が俺に手を振った。お先に失礼しまーす、と悠々と言いながら。片手に財布を持っていたから、きっと先輩はいつも通り塩こんぶを買って帰るんやろうなと予想を立てる。
「なまえちゃん、塩こんぶ2つ」
「はーい。300円です」
「250円でええよ」
「やって!なまえちゃん」
「良かったね」
「治さん、優しい〜」
「彼氏によろしく」
「もちろん。言うときますね!」
両手に海苔を持ったまま表に戻ると、楽しそうな会話が鮮明に耳に入る。先輩のルーティーンとか、そういうのがだんだんわかってくるというのは、なんとなく溶け込んできた証拠にも思えて妙に嬉しかった。
「お先に失礼しまーす」
「お疲れさん」
「なまえちゃんまた明日な」
「うんまたね」
何気に俺にも手を振ってくれた先輩が帰ってすぐ、どっちの海苔を使えばいいのか聞こうと口を開いた。
「なまえさん、ちょっと聞きたいんですけど」
「ん?」
「この海苔って、どっちが新し……はっ!すいません!名前!先輩につられて」
「いいよ、別に好きにして。みんなそう呼んでるし」
許すとか許さないとかそんなのすら考えてないように笑うみょうじさんはなんともないように言う。新しい海苔はこっちね、マステついてる方。マステなしの方から使って、と。とにかく今、この状況をもってして怖いのはみょうじさんじゃない、治さんだ。
新しい海苔をひょいっと取って棚にしまいに行ってくれたみょうじさんにお礼を言って視界に収まった治さんに注目すれば、さすがに睨みはしないが俺を見ているのは間違いなくて、じーっと感じる視線にぎゅっと目をつむって顔を背けてから目を開けた。みょうじさんをなまえさんと呼ぶのが正しいのか、間違えたと遠慮してみょうじさんと呼び続けるのか、運命の分かれ道に立っているんじゃないかと思いながら海苔をカットしはじめた。
▽ △ ▽ △
ヤバい、大変や。みょうじさんが休憩に行ってしまった。しかも今閑散としたおやつタイムやし。一緒におにぎりの仕込みをする治さんが、優しくおにぎりを握り、俺はそれに海苔を巻く。さっき俺がカットしたやつ。一頻り終えたところで、治さんは必然的に上から俺を見下ろしてむっとした表情でため息をついた。
「わかってるし、山田くんが天然なことくらい」
「治さん……!」
「前に言うたこと、忘れてへんよな?」
「覚えてますよ!もちろん!」
仕上げの包装ビニールを付けながら、胸を撫で下ろす。絶対怒られると思ったし。山田くん、とからりと呼ばれて治さんを見る。もう多分、みょうじさんの話やない気がする。
「山田くんだけやろ。あだ名で呼ばれてないの」
「そうなんですよ!」
「今気づいたわ」
「山ちゃんとか言うてもええんですよ!」
「………山田くんでええわ。しっくりくんねん」
逆にこん中に居って、名字にくん付けなのもあだ名みたいなもんかと自分に思い込ませ、おにぎりをケースにしまった。ええねん、みょうじさんはなまえさんて呼ばへんともう不自然やし、誰かが山ちゃんて呼んでくれるかもしれへんし。