北さんが持ってきてくれた3本のロング缶のうち、1本とちょっとはすぐにグラスに注いでしまったし、あっという間に残りのビールもなくなりそうだ。治さんが断れないように私を誘ってくれて良かった。すごく楽しい。少しだけ、なんて言ったけど普段座ることのない椅子に腰かければ、少しで帰るのは名残惜しく思えてきたような気がする。

 ビールの苦味を感じながら、酔いが回らないうちに追加のお酒を買いに行くかと提案する。歩いて2、3分のところにコンビニもあるし。2人は積もる話もあるだろうし。

「折角やし飲むか。俺買うてくるからなまえはここに居ってええよ」
「私も行きます、申し訳ないし」
「北さんの相手は誰がすんの。なまえ1人でおつかいさせるのは俺が嫌やねん」
「甘えたらええと思うで、みょうじさん」

北さんはきっと私よりも治さんと居た方が気が楽だと思う。私がおつかいするのは嫌って、もしかして心配してくれてるんだろうか。今は閉店後まっすぐ帰るよりも明らかに遅い時間だからかな。

 財布をポケットに突っ込んだ治さんが引き戸から外に出ると、さぶっ!と声を出しながら戸が閉まった。目を見合わせてめずらしくわかりやすく笑う北さんに笑い返せば、手に持っていたグラスをカウンターに置いて静かに話を始める。

「お節介するようなタイプちゃうけど、聞いてもええ?変なこと」
「……?」
「嫌やったら答えなくてええけど。でも、正直に言うてくれたら嬉しいかな」
「はい」
「治のこと、どう思う?」

 お節介。変なこと。誰のためにお節介を焼いて、何のために変なことを聞いてるのか。深く考える余裕はなかった。考える間もなく、嘘をつくつもりなんて1%もなく、するりと答えを口にした。

「尊敬してます」
「……」
「世界一美味しいおにぎりを作って、誰よりもご飯を食べることが大好きで、自然とまわりに集まる人はみんな優しくて」
「めっちゃ褒めるなぁ。尊敬しまくりや」
「でも、尊敬だけじゃないです」
「……他はなに?」
「治さんのことは、ここに働いて一緒に過ごす限りずっと好きだと思います。治さんよりも素敵だと思う人はいない自信あります。ここで働くのが好きだから、言うつもりはないですけど」
「おん……なるほどな」

 本当に義父にでも話すように、つらつらと思うことを話す。こんなよく話すお嫁さんも珍しいかもしれないけれど。これが北さん以外の誰かで、お酒が入っていなかったら言わなかったかもしれない。きっと北さんは咀嚼するでもなく飲み込み、聞いていなかったかのようにいてくれるような気がした。
 タイミングを見計らったように引き戸が開いて、治さんが戻ってくる。がっちりした腕をさすりながら。

「ただいまー」
「おかえりなさい」
「おかえり。おつかい有り難うな」

 ぺこっと北さんに軽くお辞儀をしながらビニール袋から出したチューハイを私の前に置き、うまそうやったから買ってみた、と言った治さんの声が降ってきて、さっきまで腰掛けていた席に治さんが座った。治さんが私にずっと優しいのは代わりないけれど、こういう時に期待してしまう。淡い期待を。

「もうすぐ新米の時期ですね、北さん」
「ああ、そうやな」
「新米ってなんであんなに美味しいんでしょうね」
「俺もそうやけど。なまえの米好きもレベルが違うわ」
「ただの米好きくらいのレベルですって」
「確かにみょうじさんの米好きは折り紙付きかもな」

 チューハイの缶をくるくるとゆっくりと回し、ラベルを見た。冷凍みかんのチューハイなんてあるんだ。初めて見た。たしかにこれは美味しそう。ていうか絶対美味しいと思う。


▽ △ ▽ △



「北さーん。気をつけて帰って下さいねー!」
「その言葉、そっくりそのままみょうじさんに返すわ。治もちゃんと送ならあかんで」
「はーい」

 店の片付けはしてあったから、水滴を拭き上げて戸締まりをして帰るだけだ。治さんと私の家は割と近い。店を中心にして生活している点は私も共通しているから、そうなれば必然的に家が近くなるのも頷ける。

「風が気持ちー……」
「なんかそのセリフ聞いたことあるな」
「映画とか?」
「ちゃう。そういうんやなくて」
「なんだろ〜」
「あ。わかった。酔うてる奴か、熱ある奴が言うやつや」
「あはは、なにそれー」

 ぽろぽろとため口がこぼれる。謝るのも忘れてへらりと笑えば、治さんが自分のおでこを触りながら私のおでこに手を当てた。その熱の計り方、熱いか熱くないかわかるのかな。
 どきどきするのも忘れて、治さんに笑いかける。冷凍みかんチューハイが意外とアルコール度数が高かったのに気付いたのは、治さんも私も全てのお酒を飲みきってからだった。

 気付けば着いていたアパートの自分の部屋の前で立ち止まり、治さんにお辞儀をする。ふらつきはしないけれど、酔っぱらっていないといえば嘘になる感覚のまま。

「ちょうど明日で良かったわ、定休日」
「治さんも、ゆっくり休んでくださいね」
「おん、なまえもな」

 この2年間のうち、治さんがうちの前まで来たことは片手でぴったり数えられるくらいだけど、いつも決まったことがある。私が家に入るまで治さんはそこを離れないのだ。

 扉が閉まる寸前、ちょこっと顔を出して手を出すと、よくわからないけど治さんが私の手にハイタッチしてから手を引っ込めた。別に手をつなぐとか、意味ありげな触り方をするとか、そういうのを期待した訳では全くなかったけれど、やっぱりハイタッチはよくわからなかった。

「鍵もちゃんとかけてな」
「…はい」
「はよ入り」
「おやすみなさい、治さん」
「おやすみ」

 なかなか見送れない気がして顔を出さずに会話すると、するすると終わりとなった会話と共に静かに扉を閉め、鍵を閉める。治さんの足音が離れていくのを寂しく思いながら。




モドル