「ありがとうございました!」

 常連さんを見送るなまえを見ながら思い出す。なまえがうちで働きだした時のこと。この子にうちに来てほしいて思って、丸め込むように引き入れたこと。今でもよく思う。あん時の俺の直感は間違いなく正解やったって。

 この間ちらっと言うてたな、そろそろなまえのアパートも更新だとか。早いな。2年なんてあっという間や。

 1年目の最初の頃は、ほんまにまっすぐでええ子やなーって、なまえを従業員として見てた。気配りもようできて、周囲の人間に愛されて、優しくて。正直、なまえはテキパキ動いて完璧にそつなくこなせるタイプとは違う。

 さすがにどんくさいと思ったことはないけどそりゃ最初は失敗もしてたし、落ち込むこともようあったし。けど頑張り屋さんやったから、ついつい何かと助けたくなって、気付いたらいつもなまえを傍に置いてた。自然と。

「治さん、休憩頂きます」
「いってらっしゃい」

 区切りのええタイミングを見計らいなまえが休憩に入った。あの自然な笑顔を見るのがもう丸2年になるんかと思うと、時が進むに連れてなまえの笑顔を見ただけで妙に嬉しくなる自分がおることも確実に自覚するようになった。

 なまえが働きだして2年目に入る頃には、自分がなまえを好きになってることには気付いてた。言うか言うまいかを天秤にかければ、答えは簡単やった。今は言わない。言わなければなまえと一緒に働ける。
 付き合うとかそんなことより、どんな形でも一緒に居れればそれがベストやと思った。何年も経って、ええ年になってきて、誰も居らんよなって、そんな時が来たら言うんでもええかなって。そう、思ってた。


「すみません、さけと、たらこと、なす。1つずつ」
「おおきに!」

 ケースから注文されたおにぎりを出して、袋に入れる。こないだ小学生のお兄ちゃんを連れて来てくれた抱っこひもの主婦さんは今日もお兄ちゃんにお土産を持って帰るらしい。空いたお皿を丁寧にカウンターに上げたあと、席を立って重そうなリュックを背負ってからレジにきて支払いをしてくれる。

「さけ、お兄ちゃんにですか?」
「……すみません、この間は。マリアージュとか、色々。ぺらぺらと」
「そやった、マリアージュな。気にせんといてください。めっちゃ楽しかったですから」
「ありがとうございます。……さっきまで居ったあのお姉さんは?休憩ですか?」
「あ、なんか伝言します?」
「いや、伝言してもらう程じゃないんです。上の子がな、あのお姉さん可愛いって言うてて。すっかり気に入っちゃったみたいで」
「あはは、言うときますよ」

 お兄ちゃん見る目あるな、と思いながらおにぎりの入ったビニール袋を渡し、お客さんを見送る。俺もええ大人やし。お兄ちゃん小学生やし。譲るとか譲らんとか、そういう話やないけど。こっちはもう1年以上片想いこじらせとんねん。お兄ちゃんのことやなくて、誰が来たって渡す気もないけど。

 なまえをなまえと呼び出したのだって、常連さんがなまえちゃんて言い出したのがきっかけや。おっちゃんとかはええけど、爽やか〜なサラリーマンの人とかな。俺はまだみょうじさんで、タイミング見計らってた時やったのに。なまえを初めてなまえって呼んだときの、あの顔は今でも忘れられへん。ほっぺた赤くして。ちょっとうつ向いて。すぐ何ともないみたいな顔にどうにかして。出来てなかったけどな。あんな可愛い顔されたら、男は誰だって自惚れるわ。

「戻りました〜」

 満腹な表情のなまえに堪らず笑い、ごく普通に「おかえり」と返す。

 ずっと好きやけど。ずっっっっと、好きやけど。ずっと一緒に居りたいとも思ってしまうし。なまえとの関係に、付き合うが入ったらって考えたらあんましっくり来んくて。
 でもなまえが誰かを好きになって、どっちかが告白して、なまえの口から付き合うとか言われたら多分俺めっちゃ落ちる。落ちるだけで済むかもわからん。いや、耐えられへんと思う。

 俺となまえを繋ぐのはおにぎりと、この店しかない。埋める外堀もない。誰も邪魔せえへんけど、進む訳にもいかないやろ。付き合うて、別れたら。なまえがあのアパートを出たら。
もうあかんねん。好きすぎて手が出せへんて、重症すぎやわ。時々特別扱いして、それが精一杯やった。

「治さん、もう帰られたんですか?」
「誰?」
「抱っこひものお客さん」
「ああ。帰ったで。お兄ちゃんにさけとか買うて、……あ」
「ん?」
「……お兄ちゃんがなまえのこと可愛いて言うてるんやと」
「あはは、それは嬉しいなぁ」

 伝えました。お客さん。めっちゃ嬉しそうに喜んでましたよ、このお姉さんは。つい数秒前から勝手にお兄ちゃんのことライバル視しとるけども、俺は。




モドル