昼神幸郎とブランチ


 さわさわと布が擦れる音と共に、なまえの体を冷たい空気が纏う。目を瞑ったままぺたぺたとシーツを触るも、ここにあったはずの掛布団がなく、仕方なく目を開けてぐりんと後ろに首をひねったなまえはほとんど幸郎に持っていかれた掛布団の端を強引に引っ張った。

「幸郎。私の領域まで持ってかないでよ」
「……んん、ごめん」

 この喧嘩はいつも一方通行だ。大きな体の幸郎に悪気はないし、掛布団だけサイズアップしたのはついこの間のことだった。まどろむ幸郎はなまえの方へと寝返りをうち、なまえを抱き寄せながら、ごめん、とムニャムニャ。
 この夫婦。今日は揃ってお休みだそうだ。なまえは包まれる幸郎の匂いに安心し、また目を瞑り二度寝を始めようとするが、一度覚めた目はなかなかしっかりと閉じることはない。

 すやすやと眠る幸郎の顔を見ながら、なまえは思う。気持ち良さそうに二度寝しちゃってさ、と。とはいえなまえは起きようにも起きれない状況だ。幸郎の長い足と長い腕に固められ、さながら抱き枕のようだった。枕元の活躍しない目覚まし時計はただの時計と化している。時刻は9時。これから朝ごはんを準備して食べたとしたらお昼はきっとお腹は空いていないし、食べなかったとしたらお昼まで我慢できない。どちらも良案とは言えない。ひとまずなまえは幸郎を起こすことにした。

「さちろー、おきろー」
「…なまえも寝よ」

 寝れるもんならとっくに寝てる、なまえがそう悪態をついたのは心の中に無事留まった。一方幸郎は抱き枕化したなまえの二の腕や腰をふにふにと触って、時折身をよじるなまえを面白がり始めた。これはいつものことだ。


▽ △ ▽ △



 ベッドから抜け出したなまえは沢山考えた。考えて考えて考えて、スマホをいじりながら幸郎に問う。ブランチってなに食べるのが正解なの、と。それはもう難しい顔で。

「なんだろうなー調べてみたら?」
「ブランチ…なに…たべる…」

 検索ボタンを押したなまえは、出てきた結果を見て思わず謎のタイミングで息を吸った。パンケーキ、具がいっぱいのサンドイッチ、オムレツ、フルーツ、サラダにキッシュ。スマホの画面を幸郎に見せると、幸郎は黒目を順番に動かし、これがいいと指を指した。

「幸郎くんに残念なお知らせがあります」
「ええー聞きたくない」
「昨日の夕飯で卵がちょうどないからほとんど作れません」

 只今、昼神家の冷蔵庫はかなりさみしい状態になっているのをなまえはすっかり忘れていた。まさに今日買い物するつもりでいたわけだ。よーく吟味して指を差した幸郎はすっかりおしゃれブランチの口になっている。それはもちろんなまえも同じだった。

「……外行くしかないね」
「たまにはいいよね」

 そうと決まれば準備は早い。あっという間に着替えを済ませて、歯磨きをして、メイクをするなまえの後ろで幸郎がざっと濡らした髪にドライヤーをしてワックスを付けている。伏し目がちにマスカラをつけるなまえに対して幸郎は美人がいると思い、ワックスで髪をふんわりさせる幸郎に対してなまえはイケメンがいると思う。夫婦はだんだん似てくるというが、多分この夫婦はそれにそっくり当てはまっている。
 なまえの後ろから手を回してベタついた手を洗う幸郎は、チークを乗せるなまえの顔を覗き込み、早く行こうよ、と笑って言った。この笑顔になまえは敗北し続けていた。ということは幸郎の方が一枚上手なんだろう。

 玄関ドアを開けてご機嫌に立つ幸郎の指にぶら下がったなまえのキーケースがチャリチャリと揺れている。二人とも外に出ると、それはもう自然な流れでなまえのバッグに幸郎がキーケースを入れた。

「今日こそは買い物しないと」
「ちょっとなら重いもの買ってもいいよ〜」
「わぁ頼もしい旦那さん」

 幸郎の逞しい腕になまえの腕が絡まると、幸郎はあさっての方向を向きながら覚悟した。この感じ、ちょっとじゃすまないな。


モドル