黒尾鉄朗とゴロゴロ
見慣れた光景なはずなのに、毎日毎日見るたびに笑ってしまう。目が覚めて枕に片方の頬を預けると、鉄朗が枕に顔を埋めてサンドイッチの具みたいに挟まっていて。
何度思ったか、何度聞いたか。苦しくないのって。そして例にも漏れず、今日も変わらず思って。
「おはよ」
耳まですっぽり塞がれているせいで、簡単には私の声は届かない。枕を押さえつける手を剥がすと、ん〜、と唸りをあげる鉄朗の背中に被さるように抱きついて、解放された片側の耳の近くに鼻を寄せる。
まるで猫にでもなったように鼻先や唇をふにふにと、とろりとした視界のまますっきりとした頬や耳にくっつける。唸りをあげ終えて沈黙タイムだった鉄朗の頭が軽く上がり、顔がこちらへ向いてすぐ片方の頬を枕に預けた。寝起きのぼんやりとした表情が焦点が合わないほど近くにあり、惜しい、とつい声をあげてしまいそうなほどにずれた鉄朗の唇がゆるりと弧を描く。
「……今日のなまえちゃんは朝から積極的だこと」
休日の朝。これほどに時間を無駄にすることに幸せを感じることがあるだろうか。数秒間にやにやと笑う鉄朗と見つめ合い、堪らずすれ違った唇を見つめると、鉄朗のそれは私へと近付き、幸せを纏って重なった。
「鉄朗さんこそ、今日も見事な寝癖ですこと」
「それ褒めてんの〜?」
「当たり前じゃん。鉄朗は毎日かっこいいよ」
「……なーんか、なまえが言うと信憑性あるわ〜」
いつも通り窓側に寝転がっている鉄朗は、閉まっているカーテンの裾をちらっとめくり、あまりの天気の良さに眩しそうに片方の眉をひそめてカーテンを持つ手を離した。
「なまえ、もう起きんのー?」
「まさかぁ」
「な〜、休みくらいダラダラしなきゃな〜」
起こしたくせに、まだ鉄朗とごろごろしていたい気分だった私は、鉄朗の表情を見てゆるゆると笑う。鉄朗は枕元のスマホに手を伸ばし、メールや電話がないかを確認したあと、体をこちらに向けながら弧を描いた口が開いた。
「よし、なまえ〜こいっ」
「あはは!もういるよー」
私が頭をぐりぐりと鉄朗の肩口に埋めたら、すっかり寝間着になったトレーナーの開いた襟ぐりに鉄朗の唇の感触がして、へらへらと笑う。
外は明るいというのに、遮光カーテンのおかげで部屋は薄暗くて、生ぬるい空気が甘ったるくて、浸かるように鉄朗と私でうだうだと朝を過ごす。
「なにしようね、今日」
「天気いいもんなぁ」
「何でも出来るね」
「まぁなー」
逞しい腕が私の背中にまわり、よいしょ、と声を出しながらぎゅうっと抱き締めたまま鉄朗は仰向けになり、その上に私が寝そべる形になった。
「いひひ」
「おー?なんだ、その可愛くない笑い方は」
「おお?今可愛くないって言った?」
「……言ってませんけど?」
今日は特別に、私の聞き間違いということにしよう。とても気分がいいからね。
ずるずると下に下がり、鉄朗の胸に耳をくっつけて、言葉通りだらだらと力を抜くと、鉄朗の長い指が私の髪をとき、するすると通り抜けていく。
やっぱり、猫にでもなった気分。今ならゴロゴロと喉を鳴らせるような気がする。
今はきっと、きれいなカーブを描いた口元をしているような気がする。鉄朗の醸し出す空気がなんとなくそれを物語っていた。私が「黒尾さん」になって数年。気づけば、鉄朗の全てがもう完全に私の生活の一部になっている。
「……ん?」
首を持ち上げた鉄朗が、急に口を閉ざした私を確認したのに気付き顔を向けると、面白がるようにぱちぱちと瞬きをした鉄朗と目が合って、また頬を鉄朗に預ける。
二度寝でもすんの?と楽しそうな鉄朗の声が耳に響くと共に、枕にぼふっと鉄朗の頭を預けた音がして、もぞもぞと動く長い足で下でぐしゃぐしゃになった掛け布団を引っ張り、背中にかけてくれた。
なかなか寝ない子供を寝かしつけるような体制でとんとん背中を触られれば、瞼が勝手におりていく。
私、眠かったんだなぁ。ぼんやりと他人事みたいに思いながら、鉄朗の腰に手をまわしていた。
モドル