恐ろしきカロリー

 炭酸のようにしゅわしゅわと弾けるような青春を送っているのかといえば、うーん、と頭を悩ませる。部活は楽しい。勉強はあまり好きでないけれど、どうにかなっている。くだらない話をできる友達もいる。真剣な相談をできる友達もいる。

 ただ、青春、という言葉を口にしたときに一番に思い浮かぶのは、恋愛だとも思う。まぁ、恋愛は……うん。興味はあるけれど。誰かをかっこいいと思ったり、素敵だと思ったり、そういうことはあるけれど、必ずしもそれが恋愛になるとは限らない。

 たまらなく好きで仕方ない。そう思うほどの恋は今までしたことがなかった。中学の時、運動神経の良い佐藤くんにキャーキャー黄色い声援を送り、真剣に告白をする友人の気持ちを100%は理解できていなかった。勿論応援は100%の気持ちでしていたけれど。


▽ △ ▽ △



 家庭科の調理実習でマフィンを作った。治くんが隣の班にいたのだけど、味見と称して余ったひとつをあっという間にしれっと食べきって、うまい、と一言だけ口にしたのを見て思った。将来、治くんの奥さんになる人は大変だ。美味しそうに食べてくれるのは嬉しいけど、きっと量も沢山食べるんだろうし、作る方も大変じゃないかって。

 1人2つ。包装したマフィンを持って教室へ戻ってくると、教室はすっかりバターの香ばしい匂いでいっぱいになっている。

「サム〜古文の教科書〜」
「……なんやねん。教科書が。重要なとこ言え」
「てか1組めっちゃええ匂いする!あ!調理実習か」

 治くんと侑くんの会話がどんどん耳に入ってくる。多分もう古文の教科書は侑くんが持ってるんかな。ほんまに面白い。2人そろうと、なんかわからへんけどずっと見てられる。飽きない……的な。ていうかあの2人、今週は調理実習集中してるからマフィン週間になりそう。いっぱいもらえそうだし。

 机に置きっぱなしだった目の前のマフィンを仕舞おうとスクールバッグを出す。1個はお弁当の後に友達と食べて、もう1個は家に帰って食べよ。バレンタインの友チョコみたいに交換するもんでもないし、部活のあとお腹すくからちょうどいい。

「……そうやん!みょうじさんも調理実習や」
「……びっくりしたぁ」
「すまん、つい大きい声だしてもうたわ」

 後ろから嬉しそうな声を出した侑くんにびくっと肩をあげてから視線をうつす。え、なに。この期待の眼差しみたいなの。む、向けられてるよね。もしかして侑くん、私のマフィン狙っとる…?

「なーなー、それ誰かにあげんの?」
「自分で食べるよ…?」
「え、2つ?」
「そう」
「……その答えは予想外やったわ」
「そうなん?1個はお弁当の後食べて、もう1個は帰って食べるつもりやったけど」

 私の口が勝手に、どのタイミングで食べようかと思っていたかの計画を説明した。いっきに2個食べるんかとか、大食いや、とか思われても困るし。なんとなく納得はしてくれた様子の侑くんではあるが、まだ悩んでる。なに悩んでるのかは、わからなかった。

「……確かに部活の後腹減るよな」
「宮くんならわかってくれると思った」
「侑くん」
「……ん?」
「今、宮くんて言うてた」
「え、ほんまに?」
「ほんまに!」

 口を尖らす侑くんは、ちょいちょい戻ってしまう宮くん呼びに対していつも指摘をするのだ。心の中で呼ぶのと実際に口に出すのは別物なのは説明が難しいからしないけれど。

「2組は調理実習いつ?」
「明日やったかな」
「じゃあ明日食べれるやん。良かったね」
「あ!ええこと思い付いた!」

 その発言。嫌な予感しかせえへん。

「明日俺が作ったん1個あげるから、みょうじさんの今日のマフィン1個もらうっちゅーのはどー?」
「……そんなに欲しいの?」
「そら欲しいわ」

 侑くんなら他の子にもぎょうさんもらえると思う。思うっていうか、絶対もらえる。だから今週は2人はマフィン週間だって、さっき思ったばかりだ。まぁでも、そこまで言うならいいか。明日のおやつが決まったと思えば。

「……ええよ。あげる」
「うっそ。ええの?めっちゃ嬉しい」
「ジャージ貸してくれたお礼してなかったし」

 ぼそぼそっと小さな声で言えば、そうやったっけ、と侑くんが首を傾げる。私は侑くんのバレーしてる姿をあんまり見てないから、時々見せる名選手としての姿に驚くけど、侑くんのバレーしてる姿を応援してる子たちからすれば侑くんの男子高校生らしい姿は新鮮で驚くんじゃないかと思う。

 大きな手のひらにマフィンをひとつ乗せる。みんなみたいにリボンもつけていないし、可愛いシールで封をしているわけでもない。それなのにめっちゃ嬉しそうに笑って、お礼を言われて。もう少し可愛くラッピングしておけばよかったと、ひっそりと思った。

「明日調理実習終わったらソッコーで持ってくるわ、マフィン」
「ええのに、そんな急がんでも」
「調理実習4時間目やから、そしたらおやつに焼きたて食べれるで」
「……それは確かに嬉しい」
「せやろ?……あ、そろそろ戻らな。またな、なまえちゃん」
「え、ちょ、まって?」
「なに?」

 振り返った侑くんはうっすらにやにやしてる。おもちゃにされてるような、遊ばれてるような気分になって、恥ずかしくなって。だめだ、顔が熱い。

「そ、それは早い……」
「ひどっ!こっちはタイミング見計らって、……顔、あっか!」
「急に呼ぶからやろ!はよ戻って!」
「引き留めたん、なまえちゃんやろ!」
「……ひ、引き留めてない」
「うそこけ!」

 キャラ設定してたわけじゃないけど、絶対みんなびっくりしてる。みょうじってあんな喋るんかって。部活くらいや。こんな丸聞こえで喋んの。クラスの子で侑くんかっこええって言ってた子確かおったけど、大丈夫かな。浮いてへんかな。でもぶりっこしてるわけじゃないし、言ってしまったし、もうとりあえず今日はあんま喋らんでおこう。