偶然と偶然のフリ

 ほくほくとした気持ち。貴重な休日に電車に乗って、欲しかったトップスを手に入れた私は、手に下げた紙袋の中身を覗いては心の中でにんまりとした。お小遣いでやりくりしている身としては優雅に1人でお茶をして帰る余裕なんてなく、ウィンドウショッピングをしたあとにコンビニでジュースを買って電車に乗った。

 空いていた一番端の席に座って壁に寄りかかり、紙袋を抱える。イヤホンで音楽を聞きながら電車が発車するのを待っていると扉が閉まり、電車が揺れ始める。乗り慣れた電車なのに楽しくなってしまうのはきっと、この紙袋を抱えているからだと思う。
 平日の朝と違い、おでかけムードの流れる休日の電車の中。稲高の最寄駅につくと、部活帰りらしい生徒が何人か乗ってきてちょっとだけ恥ずかしくなる。こういうとき知り合いに会うとどうしたらいいのかわかんなくなりそうだって。

 また電車が揺れはじめて十数秒。紙袋の中をまた見て、欲しかった色があって良かったと思って。きっと家に帰ったら親に自慢して、褒められる。そんなちょっと先を想像していると、急に目の前に現れた大きな手のひらがゆらゆらと上下し、寄りかかっていた壁から体を離して上を見上げた。

 イヤホンを外し、目を真ん丸にする。だって、ジャージ姿の侑くんがそこにいたから。

「出掛けてきたん?」
「……」
「おーい、なまえちゃーん」
「……部活帰り?」
「おん。で、出掛けてきたん?買い物?」
「……買い物」
「会話のキャッチボール出来てへんで」
「あ。治くんの声」
「よ」

 ひょこっと高い壁の横から顔を出すと、治くんがポケットに入れてた手を出して軽く上げた。……ごめんなさい。1年生や3年生はあんまり認識してないからわからないんですけど、あとはバレー部の人が何人か。ぺこっと会釈をして、また背もたれに背中をつけた。

「ええもん買えた?」
「えへへ、ずっと狙ってたトップス買うたの」
「……なに?今の可愛い顔」

 沸騰しそうだ。ずっと見上げてたから首痛なってきたなとか、思ってたのに。急に真顔で、しかも電車で言う台詞ちゃうで、侑くん。空いてはいるものの座席は埋まり、稲高生のいる電車内。逃げ場はなし。なんなら治くんを含むバレー部の人たちには丸聞こえも甚だしい。

「どこで降りるん?なまえちゃん」
「ーー駅だよ」
「あそこワクドあるよな?ええなぁ。俺そん次の次やで」
「ワクド常連やで、私」
「なー」
「なに?」
「これから予定あるん?帰るだけ?」
「帰るだけ」
「これから行かへん?ワクド。ポテト奢ったる」

 「え、誰と?」とびっくりして言えば、目の前で侑くんがにっこにこの笑顔で自分を指をさした。目をぱちぱちして、前を向いて、数秒だけ考えた。侑くんはもう友達やけど、それ以上踏み込むには覚悟がいる。覚悟なんてこれっぽっちもなかったから、すぐにふるふると首を振った。行かない、と言葉にするのはなんだかひどいような気がしてしまったからだ。

「なんや、残念」

 それから顔が引っ込んで、私は前を向いた。痛くなった首をさすって、断りをいれたことを申し訳なく思いながら。それから電車が進むごとにバレー部の会話は減っていき、私の最寄り駅に着いた。紙袋をさげて治くんと侑くんに「またね」と手を振ると、治くんだけが手を振り返してくれて、すぐに振り返してくれそうな侑くんがにっこりと笑うだけだった。私がこんな風になる資格はないけど、でも、心臓がぎゅうっとなってしまった。

 プシューと音を立てて扉が開き、ホームに降りる。『扉が閉まります。ご注意ください。』と駅員さんのアナウンスが流れると同時に「俺ワクド寄って帰るわ〜」とゆるゆるとした声が聞こえ、扉が閉まった。

ーーーえ?

 せっかく友達になったのに明日から気まずくなるんやろな、などと考えているところだったから、話したばかりの声が発した思いもよらない言葉に足をピタリと止めた。

 侑くんに視線を向けたら、その向こうの、電車に乗ったままの治くんと目が合って、何やら楽しそうに、わかっていたように口元が笑っていた。

「俺んちの最寄りあと2駅やけど腹へったからワクド寄ることにしたわ。なまえちゃんは帰るんやろ?」
「めっちゃ説明しとる」
「それは言うたらあかん。で?帰るんやろ?」

 試されているような。挑発されているような。素で言っているような。駅の窓から見えるワクドの看板を見て、なーんも考えんと口からポロリとこぼれる。

「……シェイク飲んで帰ろかな」
「ポテト奢ったるから一緒に座ろ」

 期待に満ちた表情の侑くんにこくりと頷く。私の負け。お手上げです。
 偶然電車で会って、偶然私の最寄り駅のワクドに侑くんが行くって言って。私もシェイクを飲みにいこうとしてた。ただそれだけ。全ては偶然だって、そう自分で自分を丸め込むことにした。

 ……そういえばこの間もらったポテトのクーポンがまだ財布にあったかもしれない。