青春というスパイス

 いつかいつかと心の隅っこで思っていた電話の着信音が鳴ったのは夕飯真っ只中の時だった。お箸を置いてソファに置いていた携帯を持って自分の部屋に行くと、ようやく確認した小さな画面には『宮侑』の文字。滅多に聞くことのない着信音のせいで心臓がうるさい。通話ボタンを押して耳を当てると、もしもし、とたったそれだけすらも声が震えた。

「なまえちゃん、俺やけど」
「……どうやった?試合」
「勝ったで」
「……私な、思ってたよ。なんか。勝つやろなって」
「……はぁ〜〜、なんなん、なまえちゃん」
「いま私、変なこと言うた?」
「…今、なにしてたん?」
「んー、夕飯食べてたよ。侑くんは?」
「さっき帰ったとこ。悪いな、またタイミング間違うたわ」
「逆にタイミングばっちりやったらすごすぎやし……ええよ、待ってたから」
「え?」
「え?」
「いや今、待ってたって言うたよな?」
「……あかんな、私。最近……あかんから切ってもええかな」
「まさかのタイミングで終わらすなよ」
「そう悪くないやろ」
「どこがや」
「夕飯の続き食べるよ。冷めるし」
「……せやな、また学校で」
「おん。また学校で」

 実は私たちはもう一度ワクドに行った。この間の、部活帰り。
 バレー部とダンス部は帰宅時間がほとんど同じだから、電車がかち合うことも多い。その時だって私の最寄り駅の手前で目が合って、なーんか企んでる顔してると思ったらしれっと電車を降りたものだから、また私は白旗を上げた。

 試合の日、何を着ていこう。かわいい服を切るべき?いや、気合い入れることもないかな。他の子達は何着て行くんだろう。侑くんに誘われたからじゃない。身だしなみとして、気にした方がいいかなって、そう思っただけ……うん。そうや。そう、思うことにした。


▽ △ ▽ △


 目の当たりにしてみれば、もう正直なところ言葉が見つからなかった。すごい、なんて簡単なもので済ませてはいけない。かっこいい、なんて単純なものじゃない。この姿を見てしまえばかっこいいのは当たり前だ。ただ、ここからどう転んだってかっこいいと思ってしまいそうな気がした。青春の姿を目の当たりにしたら。

 バレー部が強豪なことはもちろん知っていた。でも治くんや侑くん、それに同じクラスの角名くん、あとは廊下で時々すれ違う名前を知らない先輩達。
 私の中ではみんな同じ高校生で、そこからはみ出ることはなかったから、目を奪われた時にはもう彼らは私と同じくくりにいないような気がした。

 アホやなぁ、私。ファンクラブもあって、バレーも上手くて。こんなに応援されとって。普通の高校生のくくりに入ってるわけないやんな。
 自惚れて、ちょっと調子乗って。あかんなぁ、私。

 みーんな、ここにいる稲高応援団みんな、わかってたと思う。侑くんがかっこええのも、学校に居るときと雰囲気違うのも。

 強烈なサーブを打つとき、侑くんの合図でピタッと吹奏楽の演奏が止まる。唾を飲み込んだらあんなに遠くにいる侑くんに聞こえてしまうような気がする。

 治くんと侑くんの双子ならではの攻撃も。応援席の後ろも後ろ。そこに座っている私にでも、侑くんは目立って見えた。自然に目で追う私がいた。他の誰でもなく、侑くんのことを。
 私はとんでもない人と、とんでもない関係へ向かって進んでいるのかもしれない。

 試合が終わり、選手達がコートを去るとき、一瞬だけ治くんと目が合ったような気がした。遠く遠く、きっと認識なんてできない距離にいるのだから、気がしただけかもしれない。

「侑くん、かっこいいよね〜!」
「うん今日もかっこよかったぁ。彼女とかいるのかな?」
「え〜いるでしょ!絶対美人だよ、彼女」
「あはは!まだいるって決まったわけじゃないじゃん」

 私の知る限り、彼女は居ないと思うよ。そう目の前の彼女たちに教えてあげるのは心の中だけ。内にこもった熱が、温度を上げているような気がする。

 誰かが何かを一生懸命にする姿ほど素晴らしいものはない。努力はやった分だけ報われる可能性が増える。自分を鼓舞する為に時々思う。

 侑くんが練習を頑張っているのを、体育館の前を通る度に見ていたから知っていた。治くんも、角名くんも。みんな頑張っていた。それも、わかっていた。わかっているつもりなだけだったのかもしれない。今日の試合を見るまでは。

 接点がなかった。正確に言えば、治くんというはっきりとした接点があったけど、侑くんと話す機会は早々ないし、設けようとも思わなかった。高校の3年間を同じ校舎の中で過ごして、会話をすることもなく卒業していくものだと思うまでもなく感じていた。

 視線を下ろすと、治くん偶然会った日に買ったトップスが視界に入り、鞄から携帯を出す。みんなが余韻に浸っている間に帰ろうと携帯を握りしめたまま会場を出る。
 そして、まだ混み始めたばかりの電車に乗って、この間と同じ端に座り、メールを打った。

『試合お疲れさま。練習してるとこはよく見かけてたけど試合してる姿は初めてちゃんと見たから、すごく感動した。誘ってくれてありがとう。侑くん、めっちゃかっこよかったよ。』

 メールを見返して、恋する乙女か、と自分に突っ込みを入れる。でも、いいや。なんとなく、このまま送ってみようと送信ボタンを押した。

 ふっと目を覚ますと、記憶のある駅から2駅ほど進んでいた。手に持っていた携帯のバイブでうとうととしていた視界が揃い、携帯を開く。

 小窓には『宮侑』の文字があったから、侑くんから返事があったことはわかっていて、ぼんやりとする頭のまま内容を確認したら、とくとくと心臓が音を大きめに鳴らした。

『家帰ったら絶対電話したるからな。』

 その宣戦布告のような文章に拒否権はなかった。私はさっきの女の子達が言っていたような美女ではないし、侑くんを恋愛対象としてと思い始めた時期はまだ数時間。だけど、侑くんから向けられる好意はちゃんと嬉しくて、ちゃんと返したいと思うようになっていた。

『待ってるね。』

 忙しいであろう侑くんにそう送る。治くんには学校で言おう。すごかったよって。

 まだ眠いな。会場に居るときの緊張の糸がぷつんと切れたようにまた瞼を下ろして、今日は携帯をポケットに入れておこうとそっと思う。
 あと4駅、4駅だけ眠ろう。頭の中で反復して動かしていた思考を止めたら、頭に残ったことはひとつだけ。侑くんの、試合中にころころと変わる表情だけ。ああ、これはきっと。

 目が覚めた時には、もう恋に落ちているかもしれない。