デートの境界線 クラスメイトに怪しまれるくらいに、数人に聞かれるくらい、羨む表情を向けられるくらい。侑くんと私は話をするようになった。視線を向けられるのは、ダンスの時は慣れてるけど、普段は慣れないままだった。
治くんと私が話していると侑くんがやってきて、多分これは両手に花…?みたいな状態になることもあって。限られた青春の時間に、恋が入り込んで、体育座りで居座るようになった。
それに、相変わらず部活に勉強にと忙しい日々の合間、侑くんは時折しれっと私と一緒に電車を降りてワクドに行くようになった。それも滞在時間は時間は30分ほど。ちょっとだけ話をして、何事もなかったかのように帰る。
春高も終わり、あとは3年生の卒業という寂しすぎるイベントを残すのみではあったけど、当たり前じゃないことが当たり前になりすぎて、先に進むタイミングを逃した節はある。それは、私も、侑くんも。侑くんが私を好きなのかは、ちゃんと言われてないからわからないけど。
部活終わり、鍵を閉めてダンス部集団の一番後ろを何人かで歩く。この振り付けがなかなか揃わないとか、ここのタイミングの取り方が難しいとか、あそこのフォーメーションがばっちりだったとか。これからきっと、そんな話を始めるところ。
「あ、みょうじ」
「……は!」
すっかり聞きなれた声が2人分。誰かなんて見なくてもすぐにわかる。その声につられるように見た体育館の電気は消えていて、渡り廊下にはジャージ姿のバレー部員が沢山いた。
「なまえー、お疲れさーん」
「お疲れさまー」
ラッキー!みたいな表情の侑くんに返事をしてから皆さんに会釈をすると、各々に違った表情をして、なんならダンス部の皆までにやにやし出した。ちょっと前からしれっと呼び捨てになってるせいもあるかもしれない。
「なー」
「えっ、なに?」
「待っててな、ここで」
だから、侑くんのなーは心臓に悪いんだ。こんな状況で堂々と、そんな断る隙をなくす台詞を言ってぴゅーんと部室へと行ってしまうところ。前の私だったら絶対に困っていたと思う。今も困ってはいるけれど。バレー部の人は散り散りになるし、ダンス部の子達は「うちらは先に帰るよ〜」なんて意味ありげに言って帰ってしまうし。
携帯を開き、親にメールを打った。少し遅くなるかもしれない、と。かもしれない、というのがミソ。それは願望のような、ただの予測のような、なんなら予感のような。侑くんを待つ時間はほんの本当に数分だった。
「お、ちゃんと待ってたんや」
「あはは、なにそれ。帰っててもよかったん?」
「あかーん」
エナメルバッグをかけた侑くんが軽快な足取りでやってきて、ありきたりなやり取りをすると、2人で歩き出した。
「なー」
「待って」
「え、なに?」
「…何となくわかるで、侑くんが何言うか」
「うそやん」
「ワクドやろ」
「ぐっ」
ぎく、と音が聞こえそうな表情をした侑くんに、こないだ友達とワクド行ったから違うとこがええな、と言う。ついつい行く前提みたいな言い方をすると、侑くんはきらっきらの目をした後、うーんと考えている。
道の向こうでコンビニの光が煌々としているのを見て、行こ、と侑くんは自然に私の手をひいた。そういうの、急にはあかんて。宣言してからやってよ。本当に宣言してやったら様にならなくなるそれを願いながら車が通りすぎたタイミングで走り出すと、繋がった手はすぐに離れた。遥かに高いところにある顔は、簡単には覗かせてもらえない。
「……侑くん」
「……」
「ねー、侑くん」
「……悪い、我慢できへんかった」
「ちゃうよ。何買うのって聞こうと思っただけやで」
「……墓穴掘ったぁ〜〜」
「プリン食べたなってきたなぁ」
「あー、聞かんかったことにされるんのも複雑やったわ」
こうして、しれっとお互いに時を過ごして、止まっているように見えても少しずつ進んでいた。きっと、半歩とか、その半分、かもしれないくらいの距離を。小さなテーブルが2つ。あとは道路に向かってついたカウンターのあるイートインスペースで私たちはカウンターに座った。
これがおしゃれなカフェなら一般的にいえば完璧にデートっぽいような気がするのだけど、実感としては十分これでもそんな感じがした。私はプリンを食べて、侑くんはおにぎりを食べる。侑くんはフィルムを剥いて、おにぎりをおいしそうに頬張る。あれだけ動くのだから、そう思えばおにぎりなんてぺろっといけるのも頷けた。
「治くんもぎょうさん食べると思ってたけど」
「ん?サム?」
「侑くんも負けてないと思うで」
「なまえもマフィン2個食べようとしてたやん」
「いっきにちゃうし、分けてやし」
「あ、」
けらけらと笑い合ってた瞬間のことだった。道路がぴかっと光ったのにすぐに侑くんが反応し、鏡のようになっていた窓に手を添えてその場所をじーっと見る。私も真似して外を覗くと、稲高生らしき女子生徒が侑くんと私の視線に気づき、背中を向けて歩いていった。あー、と理解したように言った侑くんに見られた私の目はぱちぱちと瞬きをした。
「今の子ら、写メとってたよな?」
「写メ……え?侑くんの見間違いやなくて?」
「ピカッとしたやろ」
「……した」
「盗撮やん。趣味悪〜」
この時の私は、いまいち状況理解できてなかったのもあり、次の日の自分の状況が大きく変わるなんて夢にも思わなかった。数ヵ月前、勘繰って侑くんと会話ができなかった自分がまだここにいたら、きっと私は大慌てだっただろうに。