すべては白に染まる 一面の雪景色。そり滑りをする子供や、すごい早さで滑り降りていくスキーヤーやスノーボーダー達を呆然と眺め、スクールでスキーをする小学生の時集団を見ながら私もあそこに混ざるレベルだなんて思う。
ウェアは友達のを借りたものの、シューズとボードをレンタルするために道沿いに立ち並ぶレンタルショップに適当に入ると、すでに準備万端の友達、あと友達といい感じの男の子は店の前できらきらした表情で話し込んでいる。そう、今日は大学の友達とダブルデートだ。
ふと目が合ったもうひとりの男の子、国見くんがめんどくさそうに店内に入り、店員さんの選んでくれたボードをなにも言わずに受け取ってくれた。
レンタル料を払い、国見くんからボードを受け取ろうとすると、ボードをふっと避け、ポケットに突っ込んでいた手袋を静かな目で見る。
「手袋しないと怪我するよ」
「……そうなの?」
「うん。早くつけて」
「あ、ごめん」
ついこの間決まったスノボデビュー、スキーだとしても中学のスキー教室以来だった私は不安しかないのだけど、他の3人はみんな上手いようで車内でも楽しみで仕方ない様子だった。あ、国見くんを除いては。
「なまえも慣れれば大丈夫だよ、すぐできるって」
「投げやりだなぁ」
「転ぶときは?」
「お尻から!」
「手は?」
「つかない!」
「止まるときは?」
「横を向く!」
「完璧じゃん、それがわかってれば大丈夫だよ」
全然大丈夫じゃない。国見くんだけが視線で言ってくれたのがわかった、こいつらいつも通り適当だな、と。国見くんは案外周りを見ている。手を差し伸べたりすることはないけれど、気にしてはくれている。本当に興味がないことには完全に無関心ではあるけれど。
あの広い大学の構内で、たまたま話すようになったのだってすごいことなのに、まさかスノボに行くほどの中になるなんて自分でもびっくりだ。
緩やかな斜面でちょっと練習をしてみて、頭の中で思うのとやるのとは別だと思った。さっそく滑りたそうにしている2人と、さっきよりも楽しんでいる様子の国見くんに申し訳なくて行こうと言えば、水を得た魚のようにいい感じの二人が少し先まで滑って行った。
「みょうじ」
「な、なに」
「真っ直ぐおりるとスピード出るから、左右に進むといいよ」
「やってみる」
「俺、後ろ滑るから」
国見くんって誰も手を差し伸べてくれないのがわかると助けてくれるタイプなんだろうか。少し滑ったところにあるリフト乗り場へ行くべく、ボードの先を左右に動かしながら滑り降りていく。
スキーの感覚もだいぶ昔ではあるものの、スノボーの感覚は別物だ。顔が冷たい。鼻が特に。真白な雪が眩しくて、ゴーグルをするのを忘れていたことに気付くが滑りながらゴーグルをする余裕なんて全くない。
「なまえ出来てるよ〜」
「上手い上手い!」
下で笑う2人のところに着いたらどんな顔をしてやろうかと思っていると、バランスを取れなくなりお尻から豪快に転んでしまって、ザーっと音がすると共に国見くんが目の前に止まる。
本人は無自覚だと思うけど、ゴーグルをしたままめちゃくちゃキマった姿でいる国見くんから大丈夫?なんて優しい言葉は来なかった。
「できたじゃん、お尻から転ぶの」
「……そっちー?」
思わずけらけらと笑いながら目と鼻の先のリフト乗り場に向かうべくどうにか立ち上がってゆるやかな雪面を滑ると、リフトの列に並んで片足のベルトを外した。
休日だからかスキー場は結構込み合っていて、リフトにも長蛇の列ができている。自然と男女で二人ずつにわかれていた私達だったけど、列が半分ほど進んだところで前に並んでいた男の子2人が振り返り、特段変わらない表情の国見くんをそにもう1人の男の子が企んだような表情で言う。
「グッパーで別れようぜ」
「いいよー!」
いい感じの2人はノリノリである。納得していると列が少し進み、移動しながらグッパーをして、私はグーを出した。パーが2人、グーが2人。1回でスパッと決まった相手は国見くんで、もちろんパーはいい感じの2人。
良かったね、なんて思っている間に友達と国見くんが入れ替わり、不意に感じさせられたダブルデートだという気持ちにどきどきという音が耳まで響いた。
「お先に〜」
そう言ってリフトに先に乘ったパーチームを見送るのに手を振ろうと思うが、次のリフトに乗るべく素早く移動しなくちゃいけないためそんな余裕などない。
目印の赤いラインのところに先に立った国見くんが呆れたようほんのり笑って私が急ぐ姿を見ている。手を伸ばしてほしいわけじゃない、でも私も余裕なわけじゃない。そう思えば国見くんの今の様子は正解なのかもしれない。
無事にリフトに乗ると、安全バーを下げた。前で楽しそうに話す2人を見て、手袋を外す。取り出したスマホでこっそり写真を撮ると、国見くんが言う。あいつら今日中にくっつくと思う?、と。
「だとしたらおめでたいね」
「……帰りの車でイチャつかれたらめんどくさい」
「あはは」
「絶対寝たふりする」
そう言いつつも、何気に友達思いなのを垣間見たような、見ていないような。スノボに一緒に行ってあげるあたり、相当優しいと思う。それに私のお守りだって、本当はしたくないはずだし。
……だめだ、特に口には出していないけど、左足がボードに引っ張られ続けているのが地味にキツい。左足がもげそう。気を紛らわすために動画をまわして白銀の景色を撮ると、あまりに綺麗でため息が出た。
「リフトからの景色って綺麗だねー」
「小学生ぶりだっけ?」
「ううん、中学」
ふとカメラを前のリフトに向けると、振り向いた友達が男の子の肩を触り、ものすごく良い笑顔で2人揃ってピースをしたから、写真を撮る。
さっきこっそり撮った後ろ姿の写真も後で送ってあげよう。そして、リフトの降り口を見てはっとした。
「……国見くん」
「ん?」
「スノボってどうやってリフト降りるの?」
「え」
その瞬間から国見くんと私は大慌てである。私が大慌てなのは珍しくもなんともないけれど、国見くんが大慌てなんて激レアである。
さっと説明された通り、体を少し横に向け、ボードを縦向きにして坂を滑り降りる。固定されていない左足はボードに乗せて。
「ボードが雪面についたらすぐ滑って」
「わかった!」
初滑りも心臓が飛び出るかと思ったが、私がその場でコケでもしたら大事故だと慌てていると、ひやひやした表情をみた国見くんが可笑しそうに「考えすぎ」と言い、合図をするように軽く背中を押してくれた。
結果としてやってみればどうにかなるもので、右足がもげそうだった痛みもリフトの途中の雪の中に落としてきたようだ。
「なにわちゃわちゃしてたの?」
「リフトの降り方わかんなかったんだよ〜!」
友達に簡単に説明すれば、すっかり良い雰囲気の2人に爆笑される。仕方ない、初心者の気持ちなどこの3人には子供の頃の始めたばっかりの時に戻らないとわからないはずだ。
「1回思いっきり滑りたいな」
「わかる〜!じゃあ国見コーチ、なまえのことよろしく」
「は、」
国見くんのお守り、長くないですか。国見くんが嫌なんじゃなくて、国見くんばかりに私のお守りをしてもらうのは申し訳ないという意味だ。
さっき国見くんが言っていた帰りの車でイチャつかれたらどうたら、というのをふと思い出して、今現在の私はちょっと同意してしまった。
「ごめんね、まだ私上手くなれないと思う」
「うわ〜正直〜」
「国見コーチ、ごめんね」
「その呼び方、やめて。なんか嫌だから」
「え、ごめん」
「みょうじ、謝ってばっかりなんだけど」
坂の手前までの平坦な道を片足で漕ぎながら進んで行くと、さっきよりも幅の広いコースが広がる。これは滑りやすいかもしれない。
両足のベルトがきちんと締まっているか確認して滑り始めると、さっきよりも圧倒的に滑りやすくて、爽快だ。ちょっとだけ上手くなっているのかもしれない。
体が暖まってきたのか、頭の中で思うように体が動く。ふと国見くんがどこにいるのか気になってふときょろきょろしていると、少しずつスピードが落ちているのがわかり、ボードの先を見る。
コースの端の待避場所へとボードの先端が向いていて、どんどん落ちていくスピードにボードの動きは止まった。良い感じに滑ってたのになぁ。余裕ぶったのがいけなかった。
「休憩早くない?」
「違うよー、止まっちゃったの」
後ろから華麗に滑り降りてきた国見くんが私の下手っぷりにボードの両足のベルトを外し、手袋を一旦外してから私の手を掴んで引っ張ってくれる。固まった雪がざらざらと音を立て、繋がった手が大きくてびっくりする。
「あはは、ありがとー」
「どういたしまして」
「私のお守りばっかりでつまんないよね」
「俺そんなつまんない顔してた?」
手を繋いだまま国見くんの足が止まる。確かにそこまでつまんない顔はしていなかったかもしれない。国見くんの発言はいろんな意味に取れて、その体勢のままで国見くんは表情ひとつ変えずに「全然思ってないのに」と付け加えてまた足を動かす。
「みょうじが来なかったら、俺ここに来てないし」
コースへ送り出される瞬間、考えることがいっぱいあった。滑り方もそうだし、次はどこで止まるかもだけど、そんなことを平常心で考えて滑れるわけがない。
堪らず次の待避所に止まると、私を追いかけて滑り降りてきた国見くんに見とれた。さっきとは違った気持ちで。
スキーのCMの歌が、頭の中で流れる。そっか、これが世に言うなんたらマジックなのかもしれない。