答えはまたいつか
まだら模様に染みのついたビルの地下。ひっそりとあるカラオケが私のバイト先だ。楽器の練習をする人や、取り扱い機種は1種類しかないものの大手に比べて明らかに安い値段のおかげか常連のお客さんもいる。ただ深夜の時間帯は朝までコースの人がほとんどな為に、午前2時の現在はとっても暇である。
さして埃のかぶっていないカウンターを拭いていると、グラスを持った矢巾さんがやってきてカウンター横のドリンクバー前で何を飲むか考えていた。種類が少ないというのにしょっちゅうおかわりするんだよね、この人。
「スゲー暇そうじゃん」
目が合ってへらりと笑った矢巾さんがそう言う。姉妹店があるだけのゆるゆるしたカラオケだからか働き方もゆるゆるである。バイトとしてはとても楽だから最高の環境だ。
「暇だよ〜、暇すぎて全然時間過ぎないんだよ」
カウンターの中に入って拭き掃除を続けながらと言えば楽しそうに矢巾さんがケラケラと笑い、カウンターに肘をつく。そして、すっかり板のついたフランクなやりとりを続けた。
少し前から常連で、年が近くて、ちょっとチャラい。私がいないときはめちゃくちゃ普通らしいけど、私が居るときはやたらにドリンクバーをおかわりしに来るし、なんなら話しかけてくる。最初はかなり警戒していたものの、いつの間にかするりと懐へと入り込まれ、今はすっかり仲良しの常連さんとなっていた。
「ずっと聞きたかったんだけどさ〜」
「うん」
「みょうじさんてあの佐藤?って奴と付き合ってんの?」
「佐藤くん!?ないない」
なんでそんなの気になってたんだろう。それにしたって佐藤くんはない。彼女いるし、そもそもタイプじゃないし。
「仲は良いけどね、バイト仲間としては。同じ時期に入ったし」
「まじか〜」
「まじだよ〜」
「え〜どうしよう」
「どしたの」
カウンターに腕を伸ばしてうなだれ出した矢巾さんに頬杖をついたままでそう言えば、ちらっと顔を上げて丸い目が私を見た。
「え〜今タイミングか〜?」
「だからどしたの」
「……好きって言ったらどう?」
「誰が?何を?カラオケ?」
「ちげーよ」
矢巾さんの表情はいつになく真剣だった。
好き?誰が?誰を?何が?何を?食べ物?人?え……何?
「俺が、みょうじさんを」
「どう……びっくりする……え?私?」
「そーだって」
チャラいけど案外悪い人じゃないな〜とか、結構話しやすいな〜とか、そんな感じでしか思っていなかったから、びっくりはしているものの、思ったよりも冷静な自分にちょっと驚く。
丸い目が懇願するような色を持っていて、なんとも思っていなかった気持ちにぽつりと絵の具を落としたような気分になった。
「……私は仲の良い同世代のお客さんとしてしかみてなかったから、今はちょっと」
「それって」
「うん」
「今すぐはダメだけど、ちょっとは考えてくれるってこと?」
「ごめんそこまで考えてなかった、けど。でも、うん、そうだね。そう、かも」
そんなもったいぶるようなことを出来るような良い女ではないけれど、気付いたら私は縦に首を振っていた。
なかなか彼女ができないと随分前にドリンクバーで友達にいじられていたのを思い出してその時はこう思ったのだ、意外だと。
「いや〜通った甲斐あった〜」
「……だからやたらにドリンクバーおかわりしてたの?」
「それは言うなよ、おい、笑いすぎ」
「ごめん、なんか色々納得いっちゃって」
「しょうがないだろ。ドリンクバーくらいしか話すチャンスないんだから〜……も〜!」
ちょっと口をとがらせる矢巾さんを見て頬杖をついたまま固まる。カウンター越しに見つめ合うような状態になっていると「107の清掃終わりました〜」と声がして、新人の男の子がビールジョッキのたくさん乗ったトレイを持って戻ってきた。
我に帰り返事をしたら、タイミング悪すぎだろ、と可笑しそうに笑った矢巾さんに笑い返して、随分話し込んでいたことに気づいて。
「本気で考えてみて」
「うん」
「よし、戻るか〜」
グラスに半分ほど飲み物を注ぎ、軽い足取りで部屋に戻っていく矢巾さんを見て、肘をついたままで顔を手のひらで覆って笑ってしまった。矢巾さん、なんでそんなに告白するの下手なのって。