ハッピーアワーで会いましょう
「うえ〜〜い、おつかれ〜〜」
チャラ男みたいなノリでジョッキを合わせれば、外を歩く学生たちを眺めながらぐびぐびとジョッキの半分ほどを喉に流す。
路地を入って、すぐ。常時開けっぱなしの扉と、1つぶら下がった赤提灯が私の行きつけの店の目印だ。
「みょうじさん、もう次頼んどけば?」
切れ長な目を細め、そう言った木葉くんは数少ない私のハッピーアワー仲間である。近所に住んでいるらしい彼の下の名前は知らないし、詳しい仕事も知らない。バレーボールをやっているのはちらっと聞いたくらいで、あとはいつもその場のノリの会話ばかり。
「マスター!私、梅サワー!木葉くんは?」
はいよ、と返事をしたマスターは私に渡されたメニューを見る木葉くんへ視線を送り、海鮮焼きそばを焼きながら注文を待っている。
「え〜、じゃあハイボール」
マスターとはかれこれ1年ほどの仲である。私がたまたま、路地の奥に見えた1つの提灯に導かれるように店に入ったのがきっかけでこの店に通うようになったが、ほぼほぼ同世代のマスターが切り盛りするには年季の入った店内はまんま居抜きだそうだ。
「お二人さん、今日たこ仕入れたんだけど何で食いたい?」
「……たこわさとか?」
「……唐揚げとか?」
「……え」
「……え?」
「唐揚げが浮かぶみょうじさん、やべぇ。え?普段から結構料理する感じ?」
「どっちかっていうとしない感じじゃない?」
「まじか」
「私は食べる方が断然好きだね」
「大抵の人間がそうだよな」
「……で?唐揚げでいいの?いいね?オッケー」
蛇足の過ぎる会話に笑うマスターが注文の確認を自己完結させながらたこをぶつ切りにし始めると、木葉くんと私はけらけら笑う。大抵の社会人が仕事が終わったばかりのこんな時間に、安くお酒を飲めるというのはなかなかの至福である。
はいお待たせ〜とカウンターに置かれたハイボールと梅サワーをそれぞれ手に取れば、お通しをつまみにしながらまたぐびぐびと飲みすすめる。
「今日の朝、あんま時間なくてさ。コンビニでおにぎり買ってカバンに突っ込んで走って行ったんだけど、会社着いたらちゃんと潰れてたんだよね」
「なに味?」
「ツナマヨ」
「あはは!それ、見た目同化するパターンじゃん」
「もちろん同化したよね。美味しく頂いたけど」
「味は変わんないしな」
昨日のテレビがどうだったとか、上司のネクタイが変な柄だったとか、新しい柔軟剤が良い匂いだったとか。いつも、本当にそんなことばっかり。でも、いつもけらけら笑って、木葉くんがいるといつもよりももっと楽しくなる。
『木葉くんは彼女とかいないの?』
木葉くんが通いだした3ヶ月くらい前に一度だけ他の常連さんがそう聞いていたことがあったけど、たしかその時はいないって言っていた。世の中の女子たちは一体なにをぼーっとしているのだろうか。木葉くんなんて絶対に取り合いになってもおかしくないのに。
時にはぼんやり考え事をしても、飲み会のように話を聞かなくても誰も嫌な顔をしない。マスターと話す木葉くんや他の常連さんを見て目を細めれば、木葉くんが可笑しそうに笑ったまま私を見る。
「みょうじさんなんてもっとそうでしょ」
「……ん?」
「ほら、ハッピーアワーで飲み出してから普通の飲み会とかで支払いする時、高く感じるよねって話」
「あ、わかる!高いよね!」
もっと長く居てくれてもいいんだよ、と笑ったマスターに、いつもお世話になってまーす、と手を合わせれば木葉くんもふざけるように真似をして笑った。
「いっぱい飲んで帰っても深夜じゃないのとか、すごくない?」
「わかるわー。べろべろで終電間に合うように走んのとかまじ辛いもん。ま、こっからなら歩きだけど」
「そうじゃんずるい〜!でもそっか〜!通りで1回ハッピーアワーに来てしまったら、もう後戻りできないわけだ」
「それな」
「はい、たこの唐揚げ〜」
「うわ!ヤッバ!」
「美味しそ〜!」
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「俺帰るけど、みょうじさんまだ飲む?」
「……帰ろうかな。結構飲んだし。マスター、お会計お願いします」
「はいはい。どっちから?」
「あ、みょうじさん先ドーゾ」
支払いを済ませて、店を背にスマホを見ればまだ時刻はまだ夜8時を過ぎたばかり。さっき話していた通り、べろべろに酔っぱらってもまだまだ休んで帰る余裕のある時間だ。
なんだか楽しそうに話すマスターと木葉くんを見て思った。もう木葉くんもすっかり常連さんだ、と。
ぼんやりとその光景を眺めていたら楽しそうな話し声が後ろでして、振り返って見ればサラリーマンのグループのひとりとばっちり目が合ってしまった。
「なんか可愛い子がこっち見てる〜」
え、見てるっていうか。確かに見はしたけど、たまたまっていうか。
「俺たちこれから2軒目なんだけど、一緒に行く〜?」
「……あはは、もう帰るんで」
和やかに終わらせようとへらりと笑えば、目が合った人が1歩、2歩と近付いてくる。これだから酔っぱらいは、なんて思ったのも束の間。ガードするように見慣れたバッグが目の前に出されて、肩を抱かれて。隣を見上げれば、行動もなにもかも、めっちゃくちゃ男前な木葉くんがいた。
「先輩方、あんまり羽目を外さない方がいいですよ。しつこいと通報されちゃうかも」
木葉くんの一言に、いそいそと去っていくグループを見送ると、肩に置かれていた手を外した木葉くんに見慣れた表情で見下ろされ、バクバクと心臓の方から音がする。
「あーいうの、たまに居るんだよな」
その瞬間、見慣れた赤提灯と開けっぱなしのドアが視界に入り、奥に居るマスターとも目が合って。歩き出した木葉くんの隣を歩けば、多少の酔いなんかすっ飛んで。
「俺も駅まで行くわ」
「木葉くん家ってたしか、駅のこっち側じゃ、」
「……コンビニ、に?」
「行く?駅前の?」
「……そうね。駅前の」
前を向いたままの木葉くんはなんだかぼーっとしながら、めんどくさそうに、ごまかすように、そう言った。
「……まぁ、それは口実だけどね」
じゃあまたハッピーアワーで。なんて言おうと思ったのに。ずるいんですけど。惚れてしまいそうなんですけど。