群れる青

 きっかけなんて大抵ちっぽけでどうでもいいものばっかりだ。そもそもタイミングが悪かった。
あのとき倫太郎は1年女子グループに絡まれていたし、私は最近倫太郎と会えないことを不満に思いながら女子トイレから出てきたところだった。虫の居所が悪いタイミングでそれが視界に入って早々、面白くない光景と共に嫌な予感がした。

「すごーい!1年の時から付き合ってるんですね〜!ラブラブですね!普通なら倦怠期?とかあるんやないですか?」
「倦怠期……?まぁでも長いと好きとかではなくなるよね」

 ぴしゃり。

 今の倫太郎の言葉で心のシャッターがぴたりと閉まった。ずんずんと倫太郎に近づいて、手を拭いたばかりのお気に入りのハンドタオルを投げつけた。

「ほんなら別れた方がマシや!」

 完全に頭に血がのぼっていたし、涙は堪えないといけないし、もうとにかくめっちゃ腹立つし、後ろの一年はうるさいし。あの時の廊下は完全に修羅場と化していた。





 気まずいなんてもんじゃない。視界に入れたらそこで終わりだと心の中で思い、見ないように過ごすこと1週間。そう、1週間しか経ってない。
 事件から数日間は倫太郎から1日1回メールと電話が来ていたが、最近は夜に1回メールが来るだけになっていた。意固地になっているせいでメールは一切開いていなかったし、電話にも出ていない。

 同じ2組の侑への用事で来たとしても、一応教室を出たりなるべく顔を合わせなかった。だって倫太郎が悪い。好きじゃないとか、ひどすぎる。
 倫太郎の事を考えていたせいでやる気の出なかった体育を終えて更衣室に戻る途中、例の女子グループが廊下で楽しそうに談笑していた。私の中の顔を会わせたくないランキング2位。1位は言わずもがな倫太郎だけど。

「あ!みょうじ先輩!」
「えっ……なに?」

 宣戦布告でもされるのか。倫太郎への対応と同じことをする事もできず身構えながら返事すると、パタパタと上履きの音を立てながら申し訳なさそうな表情で近付いてきて、この間はごめんなさいと謝られた。

「ええよ、別に謝らんでも」
「うちら治先輩のファンなんです。同じクラスの角名先輩に色々話聞いてたら彼女さんの話になって……その、あれから仲直りしましたか?」
「してないなぁ。別れたんちゃう?」
「別れてへん言うてたで、あいつ」

 後ろにいたクラスメイトの男子集団の中から現れた侑が、通りかかったついでに言い逃げをして教室に向かっていった。話中だった1年女子たちはアイドルにでも会ったかのようにキャッキャ嬉しそうにしている。治ファンとはいえ、侑にも反応するらしい。

「みょうじ先輩、仲直り頑張ってくださいね!」

 さすがにあんたらに言われるんは違うと思うわ。そう思ったところで、口にはしないけれども。

 着替えを済ませて教室に戻ると、侑と治がめずらしく話し込んでいる。きっとさっきまで一緒だった1年女子グループにはご褒美に見えるんだろうな。
 通り過ぎようとすると、そっくりな4つの目にじいっと見られ、手招きされた。嫌な予感しかしない。

「なに。珍しく双子揃って」
「わかるで、みょうじの言い分も。腹立つよなぁ。でもちょっとでええから角名の話も聞いたって」
「せや、ちょっとだけ。頼むわ」
「あんたら急になに言うてんの。散々避けといて今さら手のひら返されへんし。それに倫太郎が好きやない言うたんやろ」
「……みょうじならわかると思うけどな。続きがあんねんて」

 珍しく治が熱くなっている。倫太郎に説得を頼まれたんだろうか。
 隙を見て逃げようとした私の手首を掴んだのは、やっぱり治だった。この双子、なんでこんな必死なんだろう。
 双子の視線が揃って私の後ろに移動すると、ここ1週間近づかないでいたせいでめっちゃ久しぶりに聞いた声がした。

「え。この状況なに?」
「角名、タイミングええな。捕まえといたで」

 治を迎えに来たのだろう倫太郎が私を見て目を丸くし、微かに笑った。なにかを企むようではなく、単純に嬉しそうに。
 私が逃げないとわかったのか、隙なく捕まれていた手首が解放されて、じんわりと痛んだ。反応を見ていた倫太郎がかばうように手首にふんわり触れ、するすると指先まで下ろしてから手を握って教室の外へ引っ張られた。倫太郎の背中をこんなに近くで見たのも、久しぶりだ。

「なまえ」
「……今まともに話せる自信ないで。絶対ツンケンしてしまう」
「聞いてるだけでいいよ」

 そうだ。心臓が痛くなるくらい倫太郎が優しいのは、いつものことだった。階段を1階分のぼると、屋上手前の踊り場を背に階段に座る。

「電話はわかってるけど。メールも見てないでしょ。なまえ、頑固なとこあるから。……あの時の子達、治のファンなんだって。色々聞かれて、なまえの話になって」
「………」
「言わなかった俺が悪いけど。よく考えてみてよ。なまえならわかるでしょ?好きなんてとっくに通り越してんの」
「通り越す……なに?大好きしか浮かばんけど」
「惜しい。その先」

 よくもまぁ大好きなんて言えたものだ。また倫太郎に乗せられた。
 じっくり考えること十何秒。パッと頭に思い浮かんだ言葉は人生で一度も口に出したことないもの。まさかこれか。倫太郎を見ると、そうそう、と言わんばかりに縦に首を2回振った。

「さすがに……恥ずいわ」
「だろ。他人に簡単に言えるもんじゃないんだって」

 知ってる、この顔。このちょっと腹立つ顔。こっそりやった悪戯に成功したみたいな。ああわかった。試合の時よう見るやつや。

「ごめん、倫太郎の気持ち考える余裕なかってん」
「……謝らなくていい。でも電話は出て」
「ほんまごめん、メールも読む」
「今までのメールは消していいよ」
「なんで?」
「さあね」

 倫太郎の目を見ながら探ったポケットから携帯を出し、1日1回、合計7通の未読メールを開いていく。

 ちゃんと話そうとか、声聞きたいとか、倫太郎の胸の内をすべてさらけ出されたような言葉が開くごとに表示されていく。
 おかげで口元は緩んでしまうし。よりによって何で送った本人の目の前で読んじゃったんだろう。
 倫太郎が私の様子を伺う表情が横目で見えた。きっと私が頭の中でてんやわんやしてるのなんて見え見えなんじゃないか。
 さっきは消していいなんて言ってたはずなのに、それとは相成れない倫太郎の表情に簡単に引きずり込まれる。

「愛でしょ」
「……倫太郎のアホ」

 気付いたときには倫太郎の策略にすっかりはまっていたみたいだ。



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