ユーアーパーフェクト

 ライブハウスの収容人数は200人ほど。チケットとワンドリンク代を合わせて1500円。入り口でもぎられた半券はお世辞にも安いとは言えないドリンクにすぐに変わる。

「こんばんはー」
「おーす。お疲れ。今1組目始まったばっか。瀬見くんとこ次の次だよ」
「ありがとうございます」

 少しでも元を取りたくて、いつも通り普段は買わない海外のビールを頼むと、クリアカップにビールが注がれ、さらりと渡される。すっかり常連だからか、スタッフさんはみんな軽いノリで挨拶してくるし、この空気にも慣れたものだ。
 今ステージにいる女の子のスリーピースバンドは最近よく見かけるようになったが、どうやら大学生らしい。この狭い空間ではなんだって筒抜けだ。

 目に見えるものが全て。視界に収まる光景が全て。スリーピースバンドの友達らしき女の子の軍団が最前列を陣取っていたけど、そこから少し離れたところに見慣れた……いや、見すぎなほどに見つめているのにまだ見慣れていない姿があった。私の彼氏、瀬見英太。
 腕を組んで、ガールズバンドを楽しそうに見つめる姿を視界に納めれば声を掛けるのは無粋だと思った。そっと隣に立ち、どう頑張ったって私には出せない高音に耳を傾けていると、気を抜いた瞬間に思ったよりも近くで大好きな声が響く。

「お疲れ」

 顔を上げると英太と目が合って、お疲れ、と真似するように返せば、またビール飲んでんの、と英太が少しだけ口角を上げて言った。

「決めてんの、ここではビールを飲むって」
「まあ俺もビールだけど」
「ほらね。それより服、私が選んだやつ着てくれてるじゃん」
「うん。さっきなまえのお陰で褒められたけど、若干複雑だった」
「……わからなくもない、その心境」

 バンドメンバーに言われたらしい。彼女に服選んでもらえば、と。理由は、言わなくてもわかると思うからあえて言わないけど。うん。

 お客さんが増えてきて回りが騒がしくなってきた。自然と2人で移動し、パイプ椅子が並ぶ壁際に行くと、並んで座って耳だけでガールズバンドの曲を聞く。

「このバンド最近すごい上手くなってない?特にベースの子」
「後で言ってあげれば。喜ぶと思う」
「私ただの観客だよ。急に知らない人に言われてもって感じじゃない?」
「いや、知ってる。ここの常連。あと俺の彼女。合同でやったことある他のバンドの奴は大体その認識のはず」

 親指と人差し指。指折り数えられた、後者の、人差し指をあまりにびっくりしてつまめば、英太が可笑しそうに私を見た。色々思うことがあったが、ありすぎて言うことが思い付かない。
 高音キーのボイスが止み、次のバンドがステージで準備を始めると、英太のバンドのメンバーが私達を見て若干イラついた表情をした。

 いや、違うから。決していちゃついていた訳では。

 心の中で言い訳をしているうちに英太達は準備の為に裏へ引っ込んでしまい、まだ飲みかけだったビールを飲み干すことに集中した。ここで大体酔いが回って、酒に酔っているのか英太に酔っているのかと思いながらバンドを見るのだ。

 なんでいつもそうかって、うっかりドリンクをもらいそびれることなんて日常茶飯事だし、飲み干さなければカップは邪魔だし。だから今日みたいな出演順の日はあと1つか2つくらい順番が後ろなら助かるのになぁと内心思ったりすることもある。でもドリンク制度に関しては、なんだかうろ覚えの記憶では営業上必要なものらしい。

『初めてオリジナルに挑戦しました。聞いてください』

 妙に早口なMCが一瞬で終わり、曲が流れる。緊張してるような雰囲気に思わず見えないステージを見る。私が心配したところでどうなることでもないけれど、大丈夫だろうかと勝手に心配をした。一言も話したこともない、一方的に知っているバンドを。





 なんとかビールを飲み干した私だったけど、すんなりと最前列戦争に負け、4列目の中央寄りに立った。全体を見渡せるようにわざと後ろの方に下がって、つま先立ちをする。
 チューニングをするメンバー達を見て、目の前にいた女の子2人組が言った。

「ねぇ、ちょっと!瀬見さん見てみて」
「……え!?瀬見さんどうした?なんか服装今日はおしゃれじゃん」
「なんかほら、服だけなぁ……って感じだったのに」
「待って。顔も良くて背も高くておしゃれってどうすればいいの?かっこいい以外の何者でもなくない?」

 こそこそと話すも、はっきりと聞こえている会話に思わず笑いそうになり、暗闇の方へと顔を向けた。この2人の言う通り、英太はかっこいい。まさにイケメンだ。

 小さな箱の中、ここでは魔法みたいにファンタジーなものではないけれど、暗がりだからか、距離が近いからか、ステージ上にいる演者が特別かっこよく見えるというマジックがある。英太は元からかっこいいし、ギターボーカルあたりかと思いきや意外にもドラムだし、めちゃくちゃ上手いしで、隠れファンみたいな子は当然いた。

 ギターボーカルのメンバーがMCを始めると、みんなそれに耳を傾ける。かくいう私もマジックにかかり続けている1人なのだけど、スタッフさんの計らいでじわじわと仲良くなり付き合えた私はとてもラッキーだと思う。

 英太がスティックを鳴らし、曲が始まる。手足が長いのもあり椅子を少し下げているからか、英太がドラムを叩く姿は余裕がある感じが出ていてよりかっこよさを実感させた。社会人バンドの良さは、サウンドにゆとりがあるところだと思う。

 高校生男子のバンドのように青々としていないくて、さっきの大学生スリーピースバンドのようにきらきらとしているわけでもない。色々好きな点がある中で1番だと確実に思うことは、聞いていて心地が良い感覚にひたひたになれるということだ。

『次が最後の曲です』

 えー、と黄色い声が上がって、ベースのメンバーがにやにやしたのを私は見逃さなかった。嬉しかったんだな、きっと。
 イントロでわかる。1番好きな曲。ギターボーカルを見ていると必然的にドラムの英太も視界に入り、意識をし出すと英太ばかりを見ている自分がいた。……かっこいいなぁ、私の彼氏。

 うっとりするように思っていると、合間にばちっと目が合って。整った顔がゆるりと一瞬和らいだ。その瞬間に静電気でも起きたような刺激が走る。目の前の2人が嬉しそうにぴょんぴょん跳び跳ねたけれど、どちらに視線がいったのかの正解は英太にしかわからない。でも、私かもしれない。期待にまみれてそう思ってしまった。少しだけ酔ったまま。




 次のバンドが始まってしばらくすると、英太たちが戻ってきて、仲良くビールを受け取ってから散り散りになり、英太がさらに後ろに下がっていた私のところに来てくれる。

「お疲れー」
「お疲れ」
「今日も安定のかっこよさだった」
「途中、目合ったな」

 嬉しい。嬉しいけど、ドキドキのやり直しは心臓に悪いのだけど。ゴクゴクとビールを飲む英太に見とれていると、スリーピースバンドの女子3人が英太を見て寄ってきて、きらきらした目で感想を述べている。今はいない方がいいかとその場を離れようとすると、ベースの子が言いづらそうに声を出した。

「さっき褒めてくださったみたいで……ありがとうございます」
「褒め、え、あっと……はい。めきめき上達してるなって最近こっそり思ってました」
「瀬見さんが彼女さんのこといつも一目置いてる感じっていうか……だから嬉しかったです。よくわかんないですよね、すみせん。あ、あと、」
「……?」
「今日の瀬見さんの服すごい良いです」
「それ、私も思った」
「ていうかみんなで言ってたんだよね、さすが彼女さんって」

 英太が複雑な心境を隠してるのはひしひしと伝わったが、私もはっきり言って浮わつきそうなほどに嬉しくなってしまって。ひとしきり話をしてから去っていた彼女達の背中からステージに視線を移すと、ビールを持ち変えて英太が言った。

「給料日来たらまた服選んで。何パターンか」
「あはは、何パターンかって。でも、これ以上モテられると困る。ていうか心配かも」
「……なまえがいらねー心配してる」

 本当に心配してるんだけどなぁ。腕を組んでどうするべきか悩んでいると、組んでいた手をさらりと取られ、ビールを持っていた手と繋がった。それはあっという間で、あまりに自然すぎた。