ここで生まれる朝

 空は電気をつける必要がないほどに明るい。自然に目が覚めた時刻は6時ちょうどだった。どんなにお酒を飲んでも大体この時間に起きるように体内時計が出来上がっているらしいけれど、それは自宅以外でも有効みたいだ。アラーム取り消して静かに起きると、顔を洗ってキッチンへ向かった。
 何かお礼がしたい。朝ごはんでも作ろうかと思ったものの、勝手に台所を借りるのはどうなんだろう。よくあるシチュエーションだけど、遊児くんは絶対パン派だとか色々こだわりがあったとしたら余計なお世話になる。

 キッチンをうろうろしてから温くなったお水を飲んで、結局ソファに戻った。遊児くんが起きるまであと1時間ちょっと。読みかけの本は会社に忘れてしまったし、テレビをつけるわけにはいかない。

 暇だなぁ。なんて改めて思って四つん這いでベッドに近付く。よく寝てる。毎日立ちっぱなしで手が荒れてもシャンプーはしなくちゃいけなくて、練習も閉店後にやって。ほんと尊敬する。
 外はすっかり明るい。ベッドに肘をついて遊児くんの背中を見ていたら、どうしても寝顔が見たくなった。私はもう、遊児くんのことが好きなんだと思う。

 少しだけ。そう思いながらベッドにのぼる。窓際に向けた顔を覗き込むと、すやすやと深い眠りについた遊児くんの顔が見えた。きらきらと光る髪。どうしてこんなにきれいに保てるんだろう。そういえばあのあと、すぐ眠れたのかな。あとで聞いてみよう。

 ……大変だ、遊児くんの気持ち良さそうな寝顔見ていたら私も引っ張られるように眠くなってきた。シングルベッドの端に乗っていなかった片ひざも登ってしまえば、スプリングの音を鳴らし、遊児くんの背中を目の前にして自然と寝転がっていた。ゆっくり目を閉じる。きっと目を開けたら目の前の背中に手を回したくなる。好きだよって、すぐにでも言いたくなる。出さないようにしていた答えが体に溶ける。まどろみはすぐそこだ。


▽ △ ▽ △



〜〜♪


「あー……もう8時かよー……は!?なんで!?」
「んん……」

 スマホのアラームを止めて振り返った遊児くんが飛び起きて、ものすごく驚いて声を上げた。ぼんやりと目を開けて、のそのそと起き上がるとついたかもしれない寝癖を直しながら私もベッドの上に座った。

「もしかしてなまえちゃんずっと隣に寝てた?」
「んー。6時すぎくらいから」
「な、なんで?」
「起きて暇だなぁってなって。遊児くんの寝顔みてたら寝てた」
「……マジかよ〜〜なんで起きなかったんだよ俺」

 頭を抱える遊児くんをゆっくり瞬きをしながら見て、妙に幸せに浸る。いろいろ気になるとは思うけど、ことの全てを話すのは今じゃない。なぜならあと30分で私たちは家を出なきゃいけないからだ。

「準備しないと時間ないよ」
「……ちょっと待って。俺今スゲー幸せな状況じゃね?仕事休もっかな」
「……だめ。安斉さんに怒られるよ」
「さすがに冗談。半分な。安斉さん怒ったらまじこえーから」

 やっと遊児くんと私はベッドから下りて、それぞれ仕度を済ませる。
 着替えも髪のセットもちゃちゃっと手慣れた流れで終わらせた遊児くんは、溜まり始めている洗濯物をぎゅうっと潰して、上に私の着ていたTシャツと短パンを乗せた。そしてどうもスッキリしない表情でヒールを履く私に、なぁ、と呼びかけた。

「なまえちゃん、俺のことどう思ってんの?」
「……それ今聞く?」
「いつも通り仕事できねーじゃん。なんで隣に寝てたのかずっと気になって」
「じゃあ遊児くんは私のことどう思ってる?」
「スゲー好き。付き合いたいし、手繋ぎたいし、抱き締めたいし、チューしたい」
「なにそのめっちゃ素直な答え」
「今なまえちゃんに嘘つく必要ないっしょ。なまえちゃんも教えてよ。素直に」
「……私も。私も遊児くんのこと好き。顔を見たくなったのも、隣に寝たくなったのも、好きだなぁって思ったからだよ」

 真っ直ぐには真っ直ぐ。何一つも嘘なく答えるべきだ。
 全てを言い終わり、何か返ってくるはずの言葉を待っていたが、何も返ってこない。ただ、そんなことを思っている間に私は遊児くんにきつく抱き締められて、硬直していた。

「チューしていい?」
「……今はだめ。時間ないよ。本当に行かないと遅刻するし」
「無理!したい。一回だけ」

 これじゃまるで大きな子供だ。そんなことを思いながら睨むように遊児くんを見ると、すぐさま唇がかぶり付かれる。だから今はだめって言ってるのに。
 リップ音を立てて離れた遊児くんをもう一度ムッとした顔で見ると、堪えるような表情をしていた。

「なまえちゃんの言う通り、今はやめとけばよかった」

 腕時計を見ると、出発予定時刻はすでに数分過ぎている。
 こうなったら仕方がない。私は今から「道覚えてるよ」なんて嘘をついて、遊児くんとアパート前でバイバイするしか遊児くんが遅刻しない手はないのだ。スマホの充電が20%しかないのが若干不安ではあるけれど。