イエスでもノーでも わくわく。どきどき。きらきら。小さなバッグに、グリーンのワンピースに、エナメルのヒールに、アクセサリーにイヤリング。全部全部この日のために奮発して買ったばかりのおろしたて。高校からの友達が送ってきた招待状もしっかりこのバッグにいれたし、あとは髪をセットすれば完璧。ちなみに今は違和感がない程度に自分でまとめているだけだ。友達の結婚式は人生初、わくわくしない訳がない。
「てるしー呼んでくるね!」
皺にならないように裾を整えて椅子に座り、これまた買ったばかりのヘアアクセサリーを目の前に置く。なんだかご機嫌な様子で奥からきた遊児くんは、鏡越しに目が合って、ひゅっと息を止めて言葉を失った。その表情に頬が緩む。ギリギリまで色んなお店をまわった甲斐があったかもしれない。この顔が見れるなら。
「なまえそれ似合う!スゲー可愛い!」
言われるかなって期待していた言葉。それはどストレートに私の胸に刺さる。付き合いはじめてからすんなり半年が過ぎ、確信したことがある。遊児くんは笑うと可愛くなる。かっこいいのを前提として。唇をぎゅっと閉じると、やったばかりのネイルに視線を落とした。ありがとうすら言えないくらい、恥ずかしいのだ。
開店準備をする美容院。こんなに堂々と恋人らしい雰囲気をここで出すのは初めてかも。時折後ろを通る美容師さんはみんな顔見知りで気兼ねなくて、遊児くんと私が付き合っているということを知っている。
「フルセットでいいんだよね。どんな感じがいい?写真とかある?」
「えっと……これとか。なんか編み込みっていうか、緩めな感じがいいかな」
「うんうん。ここをねじって……後れ毛出して巻く?前髪は?」
打って変わって真剣になった遊児くんの顔。この間、部屋に遊びに行った時に言ってたな。なるべくはじめて聞いた状態でやりたいって。理由は聞かなくてもわかっていたけど、目の当たりにすると遊児くんはちゃんとひとつの仕事として私の髪のセットをしようとしてくれているのを実感する。
安斉さんが置いてくれた雑誌はそのままに、髪を掬ってするすると編み込みしていく遊児くんの手つきを感心するように見る。いっぱい話しかけたりしないで、なるべく黙ってた方が集中できるかな。
「みょうじさん、普通に喋っていいんだよ」
茶化すように沈黙を破ったのは安斉さんだ。ヘアセットの予約を入れた時電話にでたのは安斉さんで、遊児くんがセットするのはどうかと提案してくれたのも安斉さん。
「てるしーもいずれはスタイリストだしさ。こういうときに普通にお客様とお話ししながらできるようにならないとだめでしょ?だからみょうじさんは普通に喋って。よろしく!」
「じゃあいっぱい話しますね!」
私が返事したのを聞いてからカウンターに戻っていった安斉さんを目で見送ると、遊児くんの真剣な表情を鏡越しに見た。言葉を探っても、改めて考えすぎて話すことが見つからない。
「なまえ、今日受け付け頼まれてるんだっけ」
「ちゃんと出来るかなぁ」
「大丈夫じゃん?なまえ一人じゃないんだろ。困ったら友達もいるんだし」
「遊児くんは友達の結婚式行ったことある?」
「一人結婚したけど式はしなかったんだよなー」
まだまだ23歳。お互いこれから友達の結婚式増えてくんだろうなぁ。今日はウェディングドレス見るの楽しみだし、受付は緊張するだろうし、帰る頃には結婚が羨ましくなったりするのかな。
ぼんやりと考え事をしているうちに、きれいにセットされた髪をほぐす段階に入っている。後れ毛のカールを調整して、前髪を固めて。指先でちょんちょんと整えられると、ちょっと自信が湧いてくる。
「遊児くんすごいね!写真と同じ!むしろ写真よりかわいいかも!」
「あはは!スゲー褒められてる!」
「どれ〜できた?」
私の興奮気味な声に反応した安斉さんがカウンターの方からやってきて、セットした髪をチェックする。触れることなく、見るだけ。編み込んである部分とか、私からは見えない後ろ側の部分とか、じっくりと。
「よし!合格!みょうじさんは?」
「点数をつけるなら……120点くらい?」
「採点あまっ」
「甘くないですよ!素人じゃできないですもん」
「だってさ。よかったね、てるしー」
自己評価をすることがいけないのかは知らないけれど、珍しくお喋りの少なかった遊児くんの表情は、隠せていない嬉しくて恥ずかしい気持ちが思いっきり出ている。くるりと振り返って直接遊児くんと目を合わせると、それだけで満たされていくよう。
カウンターへ向かい、預かってもらっていたバッグから出した小さなお財布を見て安斉さんと横に立つ遊児くんが言った。
「いい、いい!」
「今日はいらないよ〜」
「え、でも」
「むしろアシスタントにやらせてくれてありがとうだよ」
「そーいうこと!マジでなかなかない機会だから助かった」
「こんなにちゃんとやってもらったのに?お礼したかったな」
「じゃあまた今度てるしーに直接お礼してあげて」
「お礼かぁ……遊児くん、なんか考えてみて。なんでも良いから」
「なんでもいいの!?」
「……やっぱりなんでも良いはやめとく。要相談で」
うっかり出たなんでも良いに若干の焦りを覚えて撤回すると、遊児くんがつまんなそうに口を尖らせながらドアを開けた。実際のところ、無理難題じゃなければいいとも思ってるんだけどね。
「これ、プレゼント?」
「友達みんなで作ったんだ。ありがとう持っててくれて」
外に出て遊児くんが持ってくれていたプレゼントの入った大きな白い紙袋を受け取ろうと手を出すと、紙袋が引っ込んだ。
「店長がオープンまで時間あるからなまえのこと駅まで送っていいって」
申し訳ないという一瞬の思いはどこかへ。嬉しそうな遊児くんを見ると、頭が勝手に頷いていた。駅まではすぐ近く。美容院を出てからずっと、隣からの視線が熱い。すっごく見られてる。
「大丈夫かなー、こんな可愛くて」
まさかとは思うけど、私のことを指した会話が始まったんだろうか。まさかね。髪のことかな。
「あ〜違ぇな。今日は可愛いより綺麗か」
「……なんの話?」
「なまえ以外に何があんの。二次会も行くんだっけ?」
「遊児くん、本当ストレートだよね」
「んで?二次会は?」
「友達みんな行くっていうから私も参加するよ」
「男に言い寄られたら彼氏いるってはっきり言えよ」
真剣にアドバイスする遊児くんにわざとぶつかり、ふざけるように笑って遊児くんを見上げる。
「ねぇ、遊児くんって心配症なの?」
「いや考えてみ?彼女がいつもより綺麗になって、他の男が居るとこ行くんだろ?しかもさぁ、もっと綺麗にしたの俺なわけ。わかる?」
でもね、遊児くん。初めて友達の結婚式に行くのに彼氏にヘアアレンジをしてもらって、おまけに見送りまでしてくれるなんて、私は正反対の気持ちだけどね。
熱弁を終え、私に優しく肩をぶつけた遊児くんとはもうすぐお別れだ。駅が見えてきて、こっそり寂しがる。あーあ、もう駅ついちゃった。なんて。
階段の手前まで行き、新婦へのプレゼントを今度こそ受け取った。
「考えておいてね、お礼のこと」
「おー。相談すんね」
「なんでも良いよ。遊児くんのお願いなら」
私の返事を聞き、少し驚いてから無邪気に笑う遊児くんににいっと笑い返す。
「じゃあ気をつけてな」
「うん。仕事頑張ってね」
私、決めてるんだ。可愛いねって髪を褒められたら、こう言うの。誰がやったと思う?私の彼氏だよ。すごいでしょって。
もちろん、ちょっと自慢気にね。