消えたケーキの行方

「こんばんは。てるしーが嬉しそうに休憩から戻ってきて、言ってたよ。グイグイじゃなかった?ごめんね!この間みょうじさんがカット来てくれたときに一目惚れしたみたいです。」

 ひ、一目惚れ?それって本当に存在するの?
 安斉さんからの諸々の確認の返信は、夕飯を食べ終わった頃に届いた。さほど長くない文なのに、すでに情報過多だ。

「そこそこグイグイきましたけど、嫌な感じは無かったです。大丈夫ですよ。照島さんって、どんな人ですか?」

 送信マークを押すと、スマホをテーブルの上に置いて浴室に向かった。わたしのどこに一目惚れしたんだろう。ていうか、本当に一目惚れ?安斉さんがそう思っただけなのか、照島さんが自分から言ったのか。そこまで確認するつもりもないけど。

 美容院で買ったシャンプーのポンプを押すと、バニラの香りがして、うっかり思い出しそうになった照島さんのさっきの嬉しそうな顔をかき消した。



 面倒くさいなぁ、髪乾かすの。バスタオルで髪を拭きながら、ボーっとそう考えて、それでもドライヤーを収納から出した。ちゃんと乾かさないと安斉さんにドライサボったのばれちゃうんだよね。前に一度言われた「痛みでてるよ〜」の一言で、どんなに面倒でも毎日ちゃんとドライしてるんだから私って偉いな。
 ドライヤーのスイッチを切ると、着信音が扉の向こうから聞こえてきて、慌ててテーブルのスマホをチェックし、スライドした。

 相手は、高校からの友達だ。今は専門学校を出て同じ沿線の駅の美容室でアシスタントをやってる。彼女はいつも突然連絡をしてきて、突然明日空いてるとか聞いてくる。いっつもそうだ。

「ねー明日の夜空いてる?遊ぼー」
「うん、仕事の後ならいいよ」
「じゃあ7時になまえの会社の最寄り駅ね」
「はいよーじゃあね」
「明日ね〜」

 大体こんな感じだ。昔からマイペースなんだよね、あの子。電話を切ると、ラインの通知が2件。通知欄には安斉さんと照島さんの名前。先に来ていた方から返そうと照島さんの名前をタップすると、思ったよりもチャラチャラしていない文面だった。

「さっきはありがと!ライン送るの遅くなりました。ごめんね。急にびっくりさせただろうけど、さっきのホントだから!みょうじさんが嫌じゃなかったら来週の火曜の夕方、時間とれる?デートして」

 さっきの安斉さんへの返事間違えたな。そこそこグイグイじゃなくて、完全にグイグイだ。一応、スマホのスケジュールアプリを開くと、来週の火曜日の欄には退勤後の予定はなにも入っていなくて、断る理由もなにもなかった。
 うーん、と少し考えて文字をうち始めると、特段感情のこもっていない返事を送信する。

「来週の火曜日、仕事のあとになっても大丈夫だったら空いてるよ。ご飯食べるので良いかな。」

 それからしばらく返事がなかったのは、遅くまで練習していたからだろう。美容師さんの練習時間って閉店後しかないっていうし。
 もう一件。安斉さんからの返信はちょっと意外だったり、納得のいくものだった。

「何かあったら私に言って良いからね。てるしー、高校の時バレーやってたんだって。意外に上下関係ちゃんとあるタイプ。ノリはチャラいけどね。あとは、お店のムードメーカーかな。ああ見えていい子だよ。」





「まじで?その人、チャラ男以外の何者でもなくない?」

 食後のデザートのケーキを食べながら、友達は割と控えた声でそう言った。そうね、それは、間違いないね。うんうんと頷いて同意すると、斜め上を見ながら頭の中を整理する友達の意見をケーキを食べながら待つ。

「それで、なまえはどうするの?」
「どうするって言われてもなぁ。プライベートでちゃんと話したわけじゃないし、照島さんのこと全然知らないからなんとも言えないよね。私もわかんない。まぁ今のところは、どうなるつもりもないかな」
「へぇ。ちゃんと考えてるじゃん。でも同じ美容師としては、それどーなの、って思っちゃうけどね。悪い方も考えておいた方がいいよ。じゃないと好きになっちゃった時絶対きついよ。私の周りの人たちはそんなことないけど、世の中では3Bとは付き合うなって言うじゃん」
「あはは。あれって漫画とかの話じゃないの?美容師と、バーテンダーと、バンドマンだっけ?」
「そうそう。なんだっけ、てるしー?がさ、他にもそうやって連絡先聞いてるかもしれないでしょ」
「そんな人とも思えないんだよなぁ」

 第一、そこまでのチャラ男だったら、安斉さんが絶対止めてくれるはずだ。確かにお店での照島さんとコンビニでの照島さんは違ったけれど、そういう感じじゃないような気がする。

 ぼんやりと考えながらケーキを食べようとすると、突っついたフォークには何も刺さらなくて、何も乗っていないお皿を見てちょっとショックを受ける。
 もったいないことした!ケーキの記憶がないまま完食してるなんて。