影を踏んで道をつくる
「日向は志望校どこなの?」
「烏野!」
「烏野?……あの、山越えていくとこ!?」
「俺、バレーやりたいんだ!烏野で!」
私の初恋は中学生で終わると知ったのは中3の冬だった。三年間の中で最初で最後、かき集めたメンバーで出た試合の相手は、強豪北川第一だった。
結果は一回戦敗退。
会場にいた私は、日向の涙を見ていられなくて席を立った。帰り道に涙が少しだけ出たのは私しか知らない。
おろしたてのコートを羽織ると、車のキーを鞄に入れた。これから幼馴染みのもっちゃんを迎えに行って、仙台のカメイアリーナへ向かう。
「なまえ、緊張してる?」
「してる。だってこんなの、予想つかないじゃん」
幼馴染みのもっちゃんから、選手紹介のページ見て!とMSBYオフィシャルのURLが送られてきたときは、その名前を見つけて驚きのあまりに声も出なかった。
日向翔陽
日向は私ともっちゃんの同級生。それと、私の初恋の人。中学時代と高校時代、ずっと片想いしていた相手だ。
すごいよ、日向。あんなに大好きなバレーボールを仕事にしちゃうんだから。ずっと見てたからわかる、日向は誰よりもいっぱい努力したんだ。
「正直、サイトの写真見てどう思った?」
「…かっこよくなってた。もっと。日向はずっとかっこいいけど」
当たり前のように口にすると、もっちゃんは声を出して笑った。いつでも思い出せるよ。あんなに募らせた想い、忘れられないよ。明るくて、真っ直ぐで、嘘がなくて、いつも楽しそうで。男子バレー部がなくても、毎日練習できるコートがなくても、日向はどうにかバレーをしてた。
校庭の隅で1人ボールを上げ続けるあの光景は、私の中では今でも鮮明に思い出せる記憶で、大切な記憶だ。青春に心残りなんて沢山あるけれど、絶対的な心残りは日向に想いを告げられなかったこと。
「私、大好きだったな。日向のこと」
思い出して、つぶやいた。
気心知れた相手との車内の会話は何でこうも大っぴらになってしまうのか。誰にも聞かせられない話もひとつやふたつ。それどころじゃなかったような。あっという間に会場につくと、車を降りて車の鍵を閉めて深呼吸をする。
あの建物の中に入ったら日向がいるんだ。優しく笑うもっちゃんが背中をぽんと叩いて、そのあと優しく撫でてくれる。
「なまえが日向のライン聞けたら、私が牛タンごちそうするよ」
「……無理」
「じゃあ、厚切り上タン」
「…頑張ります」
「そうだその意気!」
うっかり牛タンで誘導されてしまった。そう思いながら会場に入ると、活気のある空間に心なしか緊張はマシになった気がする。美味しいと有名なおにぎり宮でおにぎりを2個買うと、自販機でお茶を買って空いてる席を確認しに行った。もちろんパンフレットも手に持ったまま。
会場は満員。すでに熱気に満ちていた。どうにか席を見つけて座ると、口から心臓が出そうなほどの緊張が襲ってくる。気を紛らわすためにパンフレットを開けば、まっすぐ飛び込んできたのは日向の写真だった。
あの頃、想いは告げられなくても、バレーの応援だけは言葉にできた私にとって、日向の人生にバレーボールが関わっていることはすごく嬉しいことだ。今でもこんなに心を揺さぶられるのは、懐かしい気持ちからだけじゃない。それは考えなくてもわかっていた。
「あはは、なんかあそこ楽しそうだね」
「久しぶりーだって。男の子たち、みんな背高いなぁ」
前の方で盛り上がるグループはどこか見覚えがあって、誰かが登場するたびに歓喜している。
「谷地さんだ!」
そう聞こえて、つい見てしまった“谷地さん”を私は見たことがあった。
「あ。あの人」
「なに?知り合い?」
「……多分、日向の高校の時の彼女だと思う」
思い出は綺麗なままが一番良い。下手に掘り起こして、頭の中で取捨選択していたものまで見つけてしまうよりも。
やっぱり来るべきじゃなかったかもしれない。私のよくない癖だ。思ってはいけないことを思って、勝手に落ち込むなんて。私は日向の応援に来たんだ、それが一番の理由なんだ。そう思うしかなかった。