やりなおせるは嘘でした
自転車を漕ぎ、私が向かう高校には日向はいない。烏野に無事合格して大喜びしていたから。きっと日向のことだからすぐにバレー部に入部したんだろうな。
進学しても、何をしてるかわからなくても、頭の中を占める日向の大きさは変わることはなかった。
「春高予選も、見に行くよね?」
冬。泉と関向から話を聞いたというもっちゃんが私にそう言った。インターハイも見に行っていた私たちは、さらに頭のなかにこびりついた日向の努力を忘れることはない。私はもちろんだけど、中学でバレー部だったもっちゃんも、それは同じだ。
コートに登場した日向は、良い意味で日向のままだった。日向を見たのはインハイぶり。相変わらず外に出せない想いが、そのままきれいに残っているのを実感しながら、目の前の試合を釘付けで見ていた。素人の私が見ても、確実にレベルは夏以上。同じ高校生で、同じ中学出身。それでも私は日向をもう雲の上の存在だと思った。
自販機で買った炭酸飲料片手に席に戻ろうとしていたら、黒いジャージのチームが壁に荷物を置き、固まって休憩している。もしかして。
烏野高校排球部。
ベンチにいた綺麗な人とは違う子が日向に近寄り、日向と楽しそうに話しているのを私はただただ見ないようにすることしかできない。マネージャーかな。仲良さそうだったな。
最後にもう一度だけ振り返ると、二人の距離は思ったよりも近くて、女の子はあたふたしながら顔を赤くしていた。……付き合ってるのかな。私が最初に気づいたのに。そう思ってしまった自分が嫌いだった。そんな僻み、後の祭りだなんてもちろんわかってるよ。
照明がパッと落ち、会場はざわめく。アドラーズ対ブラックジャッカルの試合が始まるのだ。
アドラーズの選手たちが大々的に紹介される中、あっさりと登場した日向に思わず笑い、彼の自信に満ちた表情は清々しくて懐かしく感じた。
試合開始と共に空気は引き締まっていき、まわりの観客も熱い視線をコートに注ぐ。気持ちは高揚するばかりだ。息を飲む、とはこのこと。全員がトップレベルであり、全員が見所。休む暇もなくボールを追えば、ネットを越える度に感動や驚きが生まれた。
熱戦。ぴったりな言葉だ。試合終了の笛が鳴ると、お互いの健闘を称えあった彼らはコートを出る。
「こんな凄いところに日向はいるんだね」
「あれ、弱気になってる?」
もっちゃんの言葉にぶんぶん首を振った。むしろ逆だ。最後のチャンス、勇気を出さなかったら一生後悔する気がする。
座席の下に置いていた荷物を持ち、もっちゃんと一階に降りた。ちょっと駆け足で。人がわんさかいるところを発見して近づくと、頭ひとつかふたつ、飛び抜けた選手達をファンが取り囲み、サインや写真をねだってた。
残念なことに日向の姿は見えない。こればっかりは日向が跳ねてくれない限り無理だけど、そんなのあるはずもなかった。
「あれ、日向っぽい」
「うそ!どこ?」
もっちゃんがつま先立ちでそう言った先は人だかりの中。背が高いとこういう時ほんと徳だな。後ろにあった段差に登ってそこを見ると、あれは多分日向、そのくらいの自信でしか確認できていないというのに。もっちゃんは大胆な作戦にでた。
「ひーなーたー!」
いやいや、さすがに気づかないよ!もっちゃんの後頭部を見ながら心の中でそう叫んだ。慌てて呼ばれた多分日向らしきオレンジの頭を見ると、急にキョロキョロと辺りを見回し始め、ぴょんぴょんと跳ねながら確認し、人をかき分けてこちらへ近づいてくる。いや、まさかね。
「うわ!最美さんだよね!?」
そう言って現れたのはやっぱり日向だった。最美さんこと、もっちゃん。恐るべし。
日向が全開の笑顔でもっちゃんと話しているなか、私は昔からの癖でつい空気になろうとするものの、もっちゃんが後ろに回した手で手招きをしている。招くどころじゃない、早く来なさいって感じだ。
「最美さん、1人で来てくれたの?」
「まさか」
もっちゃんの言葉により、辺りをまたキョロキョロした日向とすぐに目が合って、ぎこちなく笑う。
「みょうじさん!久しぶり!」
「久しぶり!試合、観たよ」
「最美さんもみょうじさんも、ありがとな!」
初めて恋をした相手は、大人になっても変わっていなかったけど、あの頃とは格段に違う見た目や体格になっていた。耳の奥がドクドクしている。そのドクドクの正体は、間違いなく、そう。そしてチャンスはこれがきっと最後。
「日向、あのね」
「なに?」
「久しぶり会ってこんなこと聞きづらいんだけど、日向、付き合ってる人とかいる?」
ずっと勘違いしていた。あの頃をやり直したいと思っていたけど、違う。私はただ、大人になった日向をまた好きになっただけなんだ。私だって、あの頃よりも大人になってるはず。
「もしいなかったら、連絡先教えて欲しい」
「俺の?別にいいよ!」
あまりに早いその返答は躊躇など一切なく、理解に数秒かかってしまった。混乱したまま握りしめた斜めがけバッグの中のスマホを取り出すと、日向がおかしそうに言う。
「俺、彼女いねーもん。そもそもみょうじさん友達じゃん!ラインなら電話番号でなんかできたよね?俺、電話番号しかわかんない」
ラインの画面を出してから素直にスマホを渡すと、絞り出すように思い出してから番号を入力する日向を見て、ひっかかってしまった。
そもそもみょうじさん友達じゃん!
今の私にはありがたくもあり、悲しくもある。でも交換できたのだからありがたい…のかな。
「これこれ!俺のやつ!」
そういって友達追加のボタンを押す手前の画面で私にはスマホを返す。画面をタップして友達に追加したところで、何気なく聞いた。
「日向、いつあっち戻るの?」
「明後日!今日は実家行って、そんで明後日の朝帰る!」
はからずもリミットが明後日だということを知ると、もっちゃんは私を見てにんまり笑った。ものすごーく、意味深に。
少し話している間に、日向に気づいた男の子が駆け寄ってきて日向のユニフォームの裾を引っ張った。それはもう純粋な目をして、大きな声で。
「日向選手、サインください!」
自分が着ていたバレーのイラストの入ったTシャツの裾を引っ張り、後ろからやって来たお母さんらしき人が遠慮がちにサインペンを差し出すと、日向は喜びを噛み締めるようにサインをする。その男の子に負けないくらいの笑顔だ。
それをきっかけに日向のプレーに感動したお客さんが集まりだして、今日中に連絡する!と伝えると、日向は飛びっきりの笑顔で返事をくれた。もっちゃんとその場を離れながらまた会話をする。
「久々にあんな大声出したわ」
「みんな振り返ってたよ」
「だよね〜」
「でも、ありがと」
もっちゃんの度胸には脱帽。それに感謝。だけど、彼女はきっと頭からすっかり抜けていることがある。スマホを出して付近の飲食店の一覧を検索し、スクロールする。画面を見せながら一言。
「牛タン、どこで食べる?」