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「茂庭くん、ネクタイやって」
「はいはい」

 差し出された手に雑に結んだネクタイをほどいて渡す。決して不器用なわけではない。とりあえず、絶対にネクタイの練習はしないと決めているだけ。
 首にかける輪っかを長めにして茂庭くんの胸元で綺麗に結ばれていくネクタイをじーっと見つつも、茂庭くんに視線が行ってしまう。

「みょうじ、結び方覚えようとしたことあるの?」
「うーん、ない」
「だろうね」
「いつもすみませんね」

 長い輪っかを茂庭くんの首から外して、手渡しされる。いつも通り、大きめの結び目。私のリクエストはずっと1年生の時から変わらない。受け取ったネクタイを頭からすっぽり被ると、きゅっと締めた。

「二口も手がかかるけど、みょうじもなかなかだよ」
「いいの。私はネクタイ締める仕事につく予定は今のところないし」
「そういう問題かね」

 これはいたって普通。3年間クラスが一緒な茂庭くんと私、見慣れたクラスメイトにとってもいつも通りの光景。他の誰かにネクタイを結んでなんて頼むことはないのだけど、その理由を茂庭くんはわかっていないと思う。
 そういえば前に言われたっけ。茂庭にだけうっすら女子出してるよな、なんて。うっすらってなんだ。笹谷くんはいいとして、あの鎌先くんにまで。わかる人にはわかるくらいには特別な気持ちをもって接しているつもりなのに。

 はっきり言ってしまえば良いのだけど、タイミングというものはすっかり過ぎ去ってしまっている。それに、高を括っているのだ。完全に。
 茂庭くんは多分そんなに女の子に積極性があるわけではない。他の男子よりも垢抜けていて他校の女の子に声をかけられるようなタイプでもない。加えて、女子が少ないが故に誰かがひょこっとやってきて告白するなんてことも高確率でありえないはずだ。
 私だけの中にずっと留めている、茂庭くんに抱く気持ちを吐き出すのはすごく難しい。間違いなく好き。だけど2年という年月は心の底から親友だとも思う気持ちをしっかり培って定着している。

 例えるなら、そう。よく少女漫画であるような。
 主人公が恋をしたイケメンの先輩の隣にいつもいる人。イケメン先輩が一番仲良くしてるっぽい女子の先輩。実はずっと好きだけど告白には踏み切れなくて、友達を越えられずに隣にだけはいる、そんなポジションに私はいる。
 でも、わかりすぎる。もしもライバルが現れても意地悪はしないけど、そのポジションに甘んじるあなたの気持ちは痛いほどに。

 ただ、漫画とは違う点がある。多分漫画はちゃんと共学だけど、悲しいかなうちの学校は男女比率でみればほぼ男子校である。まぁ3年目となればこれが普通に思えてしまうんだけど。


「あのさー」
「うん」
「二口くんてイケメンだけど、やっぱりモテるの?」
「他校の女子に声掛けられたりしてたかな、前」
「ふーん」
「興味なさそー」
「茂庭くんは?」
「え、俺?」
「うん、ある?そういうこと」
「この流れで俺に聞く?」

 その表情はまるで菩薩のようで。

 近くからした笑い声の方向を見れば、丸聞こえの席で話を聞いていた笹谷くんが耐えきれない笑いを漏らしながら私と茂庭くんの顔を見て可笑しそうに言う。

「今の話、鎌ちに言ってくるわ」
「ちょっと待ちなさい」
「あ。急に部長感出した〜」

 確かに部長感出した茂庭くんと、のほほんとそう言う笹谷くんに笑うのは私だけじゃなくて、聞こえていたクラスメイトも。
 風通しのいい関係性だな〜なんて思って。今日もいつも通り平和だとじーんと思った。


モドル