青根高伸と小柄女子 2/2



 ざわつく廊下になまえは視線を向けたけれど、教室の中からは何も見えない。もう帰るだけだというのに、どうしたんだろう。
 スクールバッグを肩にかけて廊下に出ると、窓際には青根が立っていた。急に鼓動が早まりドアの影に隠れるも、時すでに遅し。なまえに気づいた青根が大きな歩幅で近付いて、少し時間はあるかと訪ねると、なまえは青根の表情を伺いながら頷くだけだ。

「昼休みの話なんだが」
「せ、先輩···?移動してもいいですか?」

 堂々と話を始めた青根を制止してなまえは衝動的に手を引っ張った。振られても、そうでなくても、同級生に堂々と返事をもらう場面を見せるなんてできるわけがない。1年の教室が連なる階を出ると、下駄箱に遠い階段の踊り場で立ち止まる。振り向いたなまえの顔は真っ赤で、青根は既視感を覚えた。

「ごめんなさい。引っ張って」
「すまない。気が利かなかった」

 そこからの沈黙はなまえにとって怖くもあり、期待もあった。ダメ元の告白は、一旦保留となったわけだから。

「結論から言う」
「···はい」
「みょうじの告白を受けようと思う」
「そうですか······え?」
「みょうじはさっき覚えてないかもと言ったが、俺はみょうじを覚えていた」
「あの······え?」
「······」
「······初めてです。自分がドジで良かったって思ったの」
「そうか」

 自分がドジで良かった。その意味を青根はよくわからなかった。ただ、嬉しそうに照れるなまえを見て、自分まで嬉しくなったのは間違いなかった。これを好きと言わないのならば、何だろう。簡単に答えは出ないが、なまえを何とも思っていなければきっと告白の時に断りを入れていたはずだ。そう思うと、もしかしたら。まだ、わからないけれど。

「せ、先輩」
「······」
「3秒だけ、抱き着いてもいいですかっ」

 小さい体から出た小さな声に、青根は耳を疑った。さっき想像しえないと思ったばかりのことをなまえは真っ赤になりながら口にしている。さすがの青根も、これには動揺せざるを得ない。黒目をうろうろさせていると、なまえが返事を待たずに青根の脇に細い腕を差した。先輩、ありがとうございます、と消えそうな声で言いながら。
 背中までまわらない腕。華奢な体。ふわふわとやわらかい肌。むくむくと青根の中に育つものは、恐らく恋と、それ以外のなにか。

「···もう3秒経った」
「···あと5秒追加でお願いします」

 二口が言っていた。彼女は可愛いと。自分に理解する時は来るんだろうかと思っていたが、それはわかるようなわからないような。頭の整理などする余裕もない状況だ、考えるのをやめて、なまえの体にまわしそうな腕を抑止するので精一杯だ。

 いち、に、さん、し、ご。頭の中で数えて差し込んだ腕を抜くと、なまえは溢れそうな思いに満たされていた。こんなに幸せなことがあっていいのかな。そそっかしい私を覚えてくれてたからオッケーしたのかな。他に記憶に残る理由があったのかな。それを青根に聞くつもりなどなまえはこれっぽっちもなく、ただ溢れかえる気持ちのやり場はどこにもなくなっていた。足りないのだ。

「すまない。そろそろ行かないと部活に遅れる」
「あ!そ、そうですよね」
「······」
「······みょうじ、これから宜しく頼む」
「···よろしくお願いします。ごめんなさい、急に抱き着いて」

 向かう方向は途中まで一緒。黙って階段を下りると、1階につくまで時間は長くなかった。なまえは下駄箱へ、青根は部室へ。去り際に頬をピンク色に染めたまま小さくお辞儀をしたなまえに、言うか言うまいか考えていたことを青根は口にすることに決めた。なまえがどんな顔をするかなんて想像もせずに。

「さっきのは謝ることじゃない。別に嫌じゃなかった」


20200906


モドル