002
1年生に比べると明白に色褪せているのがわかる作業着に、今日は目の保護のサングラスではなく、溶接のマスクをつけている。
長い長い11時間の学科と10時間の実技。この時間が終われば、ようやくアーク溶接の免許を取得するとになっていた。女子生徒にはちょっと優しい技術の先生は、バチバチと火花が散るのをビクビクしながら溶接する私を見て、厳しく指導するでもなく声を出して腕を組んで笑っている。私が前にアーク溶接使う予定ないとかぽろっと言ったからだろうか。
「先生!全然出来ない!」
「はいオッケー。みょうじ、もういいぞー」
「え、うそ、出来てました?」
「おう。出来てた出来てた」
どこがオッケーだ。気が動転して先生にタメ口きいちゃったし、私的には全然上手くならないまま免許取得になるって。
「次、茂庭」
「はい」
ひえ〜、なんてかっこいいの。真剣な茂庭くん。やばくない?手順に沿って確認をして、溶接作業に入る。バチバチと火花が散ると、先生が割と早くオッケーと声を出した。これは本当のオッケーな気がする。やっぱり茂庭くんは工業関係の仕事につきたいんだろうか。なんでも真剣にやっている姿を見ること3年目ともなれば、大体わかってくるものだ。どうでもいいから適当でいいや〜ってスタンスの男子もいるし、当たり前だけど目指すところは様々なんだろうな。
「茂庭くん、すぐオッケーかかってたね」
「みょうじも早かったじゃん」
「私のはオッケーのニュアンスが違うと思う」
ちょっと怪訝な顔でそう言うと、前に使う予定ないんだろ、なんてふざけたように返された。いやまぁ、そうなんだけど。特に指示のない時間はまだまだ続きそうだ。空いた席に適当に座ると、茂庭くんは私の前に座った。そして、ふと。
「ねえ作業着破れてるよ」
「えっ、どこ?」
確認するために振り返った茂庭くんの脇腹の継ぎ目を人差し指で指すと、穴を確認している茂庭くんがちょっと面白い顔をしている。
「ふふふっ」
「なんだよ」
「茂庭くんが面白い顔してたから···ふふふ、あはは」
「みょうじ笑いすぎ」
少し笑い出したら止まらなくなり、制止する茂庭くんがあわあわしている。またこの状況も面白い。
「目立たないし持って帰ったとき縫ってもらえばいいか」
「私が裁縫セット持ってれば縫ったんだけど」
「裁縫セットなら職員室にあるぞ」
一応免許取得となる授業だからか先生が1人多い。後ろからそう言ったのは暇そうに腕を組んで立っていた製図の先生だった。
昼休みに来るなら用意しといてやると言われると、茂庭くんが遠慮がちに「帰ってやってもらうからいいよ」と言う。多分嫌なわけじゃないみたいだ。心の底から申し訳ないからいいみたいな感じだと思う。
「女子に作業着直してもらうなんて早々あるもんじゃないだろ。やってもらった方がいい」
何故先生はごり押ししてくれたのか謎だけど、鶴のひと声だ。先生の言葉をいじらせてもらうと、好きな人の作業着を直させてもらえるなんて早々あるもんじゃない。
▽ △ ▽ △
職員室の片隅。茂庭くんから作業着を預かって一人で来ようと思ったのに、なぜか茂庭くんが私の手元を感心するように見ている。
「···あんまり見られると失敗しそうなんだけど」
「あ、ごめん。そうだよな」
「作業着もらった時はなんとも思ってなかったのに、3年も着ると不思議と愛着湧くよね」
「俺、こないだ二口に同じこと言ったら鼻で笑われた」
「鼻で笑う二口くん想像つくなぁ」
「だろ」
「まさか茂庭くんも同じこと考えてたとは思わなかったけどね」
「高校入ってからずっと一緒に行動してるからかな」
「こういうの何て言うんだろうね。マブダチ?···マブってなに?」
「俺がわかると思う?」
「意外と知ってるかもなって思って」
「ああ。意外とね」
ひそひそと話す私たちを見た先生達が微笑ましい表情をしていたのは、私たちは全く気づかないままだった。