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 芯の出ていないシャーペンで日直日誌をトントンとタップする。うーん、なんて書こう。今日は体育と、数学と、現国と。いつも通りでした、なんて書くわけにもいかないからなぁ。日誌ってそもそも必要なのかという疑問を何度抱いたかはもうわからないけど。
昨日のページを見返すと、ちっちゃな落書きがいくつか描いてあり、自由すぎると思いながら笑った。これはペンギン······それともカラス···?気になるから明日聞いてみよう。ちなみに先生は正体不明の絵に全く触れていない。気に留める案件ではないらしい。あと半年でこういうのも終わりになるのかと思うと、ちょっと寂しい。うそ。すっごく寂しい。
 今日の日直の相棒は、黒板を綺麗にしてバイトに向かってしまった。上の方だけ届かないから黒板だけやってってほしい、と告げると丁寧に黒板を綺麗にして謝りながら帰っていった。そんなに謝らなくていいのに。日直の仕事って意外と大変じゃないよ。

 ……そういえば。日誌に書くことじゃないけど。なんか、二口くんとか青根くんと一緒にいる子に話しかけられたっけ。もう何回か聞かれた質問されたけど、付き合ってるように見えるんだなぁ。茂庭くんが聞いたらびっくりだと思うけど。ようやくシャーペンを走らせ始めると、廊下から足音が聞こえた。

「……あれ。みょうじひとり?」
「うん。帰っていいよって言っちゃった。バイトらしくて。茂庭くんは忘れ物?」
「そうそう。あーバイトか」

 机の中からなにかを取り出すと、私の机に近づいて机に手をつき、日誌を覗き込んだ。

「終わりそう?」
「うん、あとここだけ」

 書きかけの感想、反省の欄をシャーペンでツンツンすると、そこが一番迷うよな、と頭をかきながら茂庭くんは言った。その仕草、私が好きなやつ。ちらっと目線を上にやると、眉を下げて笑っていた。ふと思い出し。昨日のページをめくる。

「ねーこれ、なんだと思う?」
「こーれーはー……カラス……っぽい?」
「っぽいだよね!気になるから明日本人に聞いてみようと思って」
「うん。逆に気になるな」
「逆にね」

 そんなことを言い合って笑っていると、先生が教室に入ってきて私の2つ前の席に座った。

「なんでみょうじひとりなんだよ」
「先生も茂庭くんと同じ事言ってる」
「バイトらしいですよ」
「バイトだぁ?みょうじもあんま甘やかすなよ」
「はーい」
「じゃあ俺そろそろ行きます」
「ああ茂庭部活か。抜け出して彼女の様子見にきたんだろ」
「かっ···!それはみょうじに失礼ですって。俺なんかが」

 茂庭くんの顔は真っ赤で、言われ慣れている私は案外冷静で。俺なんかって、自己評価?自己肯定?もっと高くしてもいいのに。

「えっ。違うの?先生たちみんなお前ら付き合ってると思ってるけど」
「なに言ってるんですか違いますよ!な、みょうじ」
「付き合ってないけど、そんな必死にならなくてもよくない?」
「いやいや一番困るのはみょうじだろ」

 そう言いながら時計を見て慌てだした茂庭くんが「先生たちにちゃんと訂正しといてくださいよ!」なんて言って教室を出ていった。茂庭くんのあんな顔初めて見た。初めてだからわからない。嬉しいのか嫌なのか。あと半年、あるのになぁ。ちょっとした事件が起きた。そして私はやっぱり冷静だ。

「訂正しとくか?」
「······私は別にどっちでもいいです」
「じゃあいっか。で、日誌書けたのか?」
「なんとなくですけど」
「じゃあそれでいいや、預かるわ」
「そうだ先生。これなんだと思いました?」

 ペンギンかカラス、どっちかの答えを期待して聞くと、唸りをあげて考えた先生が思い出した様子でパンッと一回手を叩いた。

「それな、ネズミらしいぞ」

 目の前の席の男子たちのどっちか知らないけど、どっちかがなかなかの画伯だということはよくわかった。


モドル