004
鉄屑だらけの旋盤の機械を小さなほうきで掃除していると、目の前で片付けしている笹谷くんが振り返ってこちらを見た。
「昨日茂庭と何かあった?」
様子がおかしいのは多分みんな気づいている。かくかくしかじか。それを笹谷くんに話すと、おじさんみたいに顎をさわりながら楽しむような表情をした。
「やっと動き出したか。まじで応援するわ」
「笹谷くんっていい人だね」
「おかしいな、知らなかった?」
「······知ってた〜〜」
「ほんとかよ。なんかあったら言って」
「了解しました」
多分違う気がするがガッツポーズをしてそう答えると、笹谷くんもガッツポーズし返した。謎の同盟が組まれた瞬間だった。
何せ今日は明らかにいつもより会話していない。しかも今日は全部私から話しかけてることはなんとなく気づいていた。問題はここからどう動くかだ。確立した女友達ポジションを手放しかけている今、急にシフトチェンジするべきか否か。まぁ男子校みたいなものだ、多分卒業した後に改めて集まるときに呼ばれることなんて中々ないんだろうと思うと今攻めなくていつ攻めるんだという気がしてきた。
「あいつ、結構気にしてるよ」
「誰を?」
「みょうじ」
「それは······信じられないな」
「多分気まずいんだろうけど、なんだ、こう、満更でもない、的な?」
「表現がおじさんみたいだよ笹谷くん」
「あん?協力しなくていいのか」
「ごめんなさい」
私以上に時間を共にする同志がいるというのはとても心強い。ちなみに鎌先くんに知れたら一貫の終わりなのは言わなくともお互いわかっている。
すっかり綺麗になった旋盤を後に機械室を出ると、水道で手荒いの順番待ちの列ができている。ちなみにこれは毎回のこと。
茂庭くんが列の一番後ろに並んでいるのが見えて、そろりそろりと近づいてひじで茂庭くんの肩をタッチした。そして思わず笑う。
「背中、グリスの手形あるよ」
「うそっ」
「覚えある?」
「誰だよ〜」
「茂庭くんまた面白い顔してる···!」
「だから笑うなって」
「この間も同じようなやりとりしたね」
「うん」
「落ちると良いね、手形」
「あーうん」
「······よそよそしい」
むっとした顔で言うと、茂庭くんがグリスだらけの手をグーパーしながら慌てている。あー、なんかこういうの新鮮。そして初めて青春ぽい雰囲気な気がする。
「だ、だって、先生みんなが俺らが付き合ってるって勘違いしてるとは思わないだろ」
「この際だから言うけど、私は後輩とか他のクラスの子に何回も言われたことあるけどね」
「何回も?あの、同じこと?」
「うん。茂庭くんの順番きたよ」
「え、ごめん」
「どれに謝ってたの」
「······両方」
ジャーっと水の音がする。容器のポンプを押して手を洗う茂庭くんを後ろから凝視していると、ささっと手洗いを終えて何枚もかけられたタオルで適当に手を拭いた。お世辞にも綺麗とはいえないけど、さほど汚れていなかった手を洗うと、私もタオルで手を拭いて茂庭くんの後をつく。
「茂庭くんは迷惑?」
「いや。それはないけどさ」
「じゃあ気にしなければいいのに」
「気にしてんのは俺のことじゃないよ。みょうじに悪いなって」
「たとえば?」
「あー······」
「うん」
「みょうじのこと好きな人がいて、彼氏いると思って諦めてたら···とか」
どこまでマイナス思考なんだろう、茂庭くんは。告白されても茂庭くん以外とは付き合いたいとは思わないし、二つ返事で断るのは決まってるのに。
「あのね。ちっとも気づいてないと思うけど、気づいてないの茂庭くんだけだからね」
「何が···?」
「もー!とにかく周りのことは気にしないでいいの。私も困ってないし茂庭くんも困ってないし、問題ないでしょ!」
「う、うん」
ちっとも可愛げがない。ここできゅるんとなにか言えればいいのだけど、友達長すぎてちょっとどうしたらいいかわかんない。一旦休戦にしよう。
茂庭くんのフォローにまわった笹谷くんが私を見ながら親指を立てた。よくやった、と見た。
女子の更衣室へと向かうために男子軍団と別れると、上のボタンを2つほど外した。作業着が暑いの忘れてたな。きっと茂庭くんとのやりとりに意識が向いてたからだ。
制服に着替えると、首にかけようとしたネクタイがしゅるしゅるとほどけてしまった。タイミングが良いのか悪いのか。
いいや、茂庭くんにやってもらお。着けずに軽く畳んだネクタイを手に持って更衣室を出ると、男子がわらわら着替える教室に爪先を向けた。