006



 いつものメンバーの輪の中。笹谷くんがトイレか何かで席を立って廊下に出たタイミングで後を追いかけ、私の足音に振り向いた笹谷くんをつかまえた。昼休みは時間を気にせず喋れるから、昨夜より私はこの瞬間を狙っていた。

「······どした。茂庭絡みの話?」
「な、なんでわかったの?」
「みょうじが必死になる理由なんてそれだけだろ」

 若干失礼な気もするが一旦置いておいて、早速本題に入ることにした。

「私決めたよ。今日、茂庭くんに告白する」
「·········ん?今日!?あー···空耳かな?」
「空耳じゃない。今日だよ、今日。むしろ今日を逃したらもう言えないことに昨日気づいたの」
「みょうじ、卒業式は明日だぞ」
「うん、わかる。私もそう思ってたんだけど。でもさ、よく考えたら明日忙しいんだよね。茂庭くん。部活の集まりとかなんかあるかもしれないし、茂庭くん人気者だからわちゃわちゃしてるうちにいい加減帰れーとか先生が言ったりさ。どうせ笹谷くんとか鎌先くんとか、茂庭くんと夜ご飯食べに行くんでしょ。じゃあいつ呼び出せばいいのってなった訳ですよ」
「あ〜まあな〜。俺ら体育館に顔出すつもりだし、確かにその後飯食いに行くし。確かに時間に余裕はないか」
「そうなの」
「いいんじゃない。今日でも明日でも。どうせ卒業だしな。言うのはみょうじだし。とりあえずまぁ邪魔しないように鎌ちと俺は先帰るわ。それだけでいい?他になんかある?」
「いや大丈夫。あとは自力でやる」
「頑張ってな」
「······やっぱりめっちゃくちゃ緊張する」

 自分の胸に手を当てると、笹谷くんが「トイレ行きたいんだけど」と顔をしかめて言った。···そうだった。ごめん。笹谷くん。


▽ △ ▽ △



 帰りのホームルーム前、茂庭くんに話したいことがあると声をかけると、なんの濁りもない瞳が細まり、快く返事が返ってきた。

 ダッフルコートを着て、マフラーを巻いて。教室を出て茂庭くんと待ち合わせる下駄箱へ向かう。ほぼ3年。どう伝えればいいのか、何回考えたことか。答えがでないままそのときは来てしまうのだから、たっぷりあった時間は過ぎてみれば一瞬のようだった。

 しなやかな履き心地のローファーに足を入れると、前を向いた。ガラス戸から透ける出口の柱の辺りでその姿は少しだけ見えていて、心臓がうるさくなっていく。落ち着け落ち着けと諭しても落ち着くことはないんだろう。トントンと爪先で地面を叩くと、茂庭くんとガラス越しに目が合った。
 私は、手を振る茂庭くんのその笑顔を卒業しても見ていられるんだろうか。

「おう」
「ごめんね遅くなっちゃって」
「平気。あ、どっか座る?」

 部活の生徒以外はもうみんな下校した時間だ。校舎裏のベンチへ行くともちろん先客はいなくて、促されるまま座ると、拳3こ分くらい間隔をあけて茂庭くんが座った。バッグを茂庭くんのいる反対側に置くと、目の前で絡まる自分の指を見つめて言葉を探る。マフラーに埋まった唇がなかなか動かなくて、茂庭くんが私を見たのはすぐに気づいた。

「みょうじ?」
「······みんな明日には卒業するんだよね。嘘みたい」
「うん。実感ないよな」
「卒業しても男子達は何だかんだ集まるんだろうなぁ」
「なにそれ。みょうじも来なよ」
「······前に先輩が言ってたんだ。卒業したら全然会わなくなるよって。態度とか空気とか変わってくるよって」
「もしかして、それが心配だったの?」

 首を横に振っても、茂庭くんの表情はいつものままだ。まわりに頼られてるときの表情と同じ。声が震えそうになる。抑えても抑えても、抑えきれない。

「······茂庭くんに会えなくなるのが嫌なんだよ」
「え?·····お、俺!?」
「気付いてないのも、友達だと思ってるのもわかってるんだ。でも1年生の時からずっと好きなの。いつも一緒にいてくれて、楽しくて、大事な友達だよ。だけど、いつか彼女になりたいって思ってた。······でも早いね。いつか言おういつか言おうって思ってたら、もう明日卒業式なんだもんね」
「ごめん。驚きすぎて今なんも···」
「ううん。違うんだ。急かしてる訳じゃなくて。すぐに付き合ってとか好きになってとかじゃないの」

 眉を下げて、私と目を合わせてくれなくなった茂庭くんは顔が真っ赤で、黒目が時々私の様子を伺っている。友達じゃない。女の子として見てほしい。目の前で絡んだ自分指をぎゅっと握ると、絞り出すように声を出した。

「卒業したら私とデートしてください」
「······俺、多分女子が思うようなデートなんか出来ないと思うよ」
「私は茂庭くんとデートしたいの。茂庭くんじゃなきゃだめなの」

 茂庭くんは困ったように頭を掻いて、顔を赤くしたまま頷いた。明日は茂庭くんと写真を撮ろう。もし私のあのときの想像が叶った時には、ふたりで見返すときが来る。そうであってほしい。


 明日の私は胸ポケットに花をつけて泣いているのか、笑っているのか。
 角の傷があって、ちょっとガタガタする私の机とも、明日でさようならだ。しんみりすることはきっとない。多分男子とばかり過ごす3年のおかげだ。私は確実に強くなった。

 普通になっていた普通じゃない日常の締めくくり。きっと明日は楽しくて仕方なくて、泣いてる暇なんてない。笑顔で手を振って、振り返ってからちょっとだけ泣けばいい。


モドル