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 馬鹿は風邪を引かない。とよく言うけど、私は体が弱い。確実に馬鹿ではあるんだけど、いかんせん風邪を引きやすくて。今は流行りものの"インフルエンザ"様が体の中を駆け回っている。暑い。
 体が弱いと言ってもこんなに酷いのは久しぶりで、意識は朦朧としてるし呼吸が思うようにできない。今自分は起きてるのか寝てるのか、意識があるのかないのかすら分からない。それを確認しようと頬をつねろうにも、腕が重くて動かない。まさに万事休す。おとなしくじっとしているしかできないんだろう。「あー」と試しに出した声も、掠れてる上にとてつもない鼻声で、思わず笑ってしまった。だめだ、笑うだけでも体が痛い。

 ……尾形さん、今は何してるかな。ぐらぐらと今にも煮え立ちそうな頭の中で、唯一浮かんだのは彼のこと。仕事してるかな、休憩中かな。また杉元さんと喧嘩してないといいけど。鶴見さんに反抗してたりして。最近上司に仕事押し付けられたなんて言ってたけど、大丈夫かな。……なんて考えて、ふと、こんな時まで頭に浮かぶ人って、私の中で彼だけなんじゃないかと思った。まあ、当たり前っちゃ当たり前、……かな。でも、この今にも視界が真っ暗になりそうな中平気で頭に浮かんで、微笑ましくなって、早く帰ってきてほしいと寂しさが滲んで、というのはなかなかに珍しい感情。だと思う。そんなよくわからないごちゃごちゃした気持ちのせいで、じっと眠っていられない。それもこれも全部、尾形さんのせいだ。……と、意味不明な責任転嫁ができるのも、彼に対してでろでろに心を許しているからなんだろう。

 そんなまどろみの中、扉が開いて少し光が入ってきた。それと同時に、あ、さっきまで一応意識はあったんだな私、と思った。
「お、がた、さん……?」
「はッ、ひでぇ声」
やたらと重い頭を動かして、今入ってきた人を見やる。尾形さん以外の人なわけがないのは分かっていても。私が必死に絞り出した声に対して悪態をつかれたのは、どうにも腑に落ちない。
「一旦仕事抜けてきた。死んでんじゃねぇかと思ってな」
「縁起でもない……」
コンビニで買い占めてきたんだろう、ビニール袋からはスポーツドリンクやヨーグルトなんかの、いかにも病人見舞いって感じの物がどんどん出てくる。
「す、みません、わざわざ……」
「構いやしねえよ。同居人が寝込んでちゃこっちも気に食わねえ」
いつものように淡々と言うけど、仕事を抜けて来てくれるくらいなんだから、それなりに気にはかけてくれているんだろうか。私が以前プレゼントしたネクタイピンが目に入って、なんだか少しこそばゆい。
「……尾形さん…心配、してくれてるんですか?」
何故だか気になったそれを、片言ながらも尋ねてみた。
「…俺が薄情な奴とでも?」
「いえ、その……」
言葉を詰まらせる。いやまあ、普段からなんだかんだ言ってあまり心配とかしない人だけど……なんてことは言わない。言えない。
買ったものを全て並べ終わった尾形さんの目が、こちらを見据える。
「惚れた女だから、……とでも言えば満足か」
「……っわ〜〜〜尾形さんいじわる、」
「耳赤いぞ」
「そういうこと言わない…!!」

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「仕事戻るからな」
「えー、寂しいです」
「急に可愛子ぶられても」
「本心なんですけど」
「本心ならもっと真心込めて言え」なんてとやかく言いつつも、すっと立ち上がって、ぐしゃぐしゃになった布団をなおしてくれる。もしかして、案外面倒見が良かったりするのかもしれない。
「なるべく早く帰るようにはするが……どうだかな。あまり期待はしないでくれ」
「わかってます、」
じゃあな、と彼が再び扉を開けば、少し差し込む光。
「いってらっしゃい」
「ん。おとなしく寝てろよ」
「はぁい」
間の抜けた返事と共に、差し込む光は薄くなり、扉は閉まった。
「……」
急に孤独感が体を埋めたような感覚になる。……好きな人ってすごいな。
 もそもそと取り出したスマホの光は、先程まで差し込んでいた光とは比べ物にならないくらいまぶしい。頭がチカチカする。そんな中でぽち、ぽちとゆっくりメッセージを送る相手は、ひとりくらいしかいなくて。
『尾形さん』『すき』
惚けてて馬鹿らしいなと自分でも思いつつ、この風邪のせいだと理由をこじつけて送信する。たまにはゆるして。
 返信はこないと思って、再び布団に潜っていた。すると5分くらいしてから、スマホの軽い通知音が耳に。画面を見れば、『やき』と。それだけ。
「……ふふ、」
『尾形さん、お腹空いてるんですか?』
『昼飯も食わず家帰ったんだよ、せいぜい感謝してくれ』
『そういうやさしいところ、すきです。だいすき、尾形さん』
『分かったから寝ろ』
『寝ます、良い子なので』『お仕事がんばってください』
最後のメッセージに既読がついたのを見て、スマホを置いてゆっくり目を閉じた。また起きるころには、すっかり良くなってるといいなぁ。それで尾形さんにおかえりって言って、抱きしめたい。あらためて心から好きだと実感する、そんな夢心地。


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「熱上がってんじゃねえか、アホ」
「なんでぇ……」
「おとなしく寝ずにアホみたいなライン送ってばっかいるからだよ」
「寂しかったんです……」
「とりあえずはやく治さねえと注射打たせるからな」
「それだけはご勘弁を……!!」









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