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 「雪、降りましたね」
「てっきり降らないと思ってたわ」
「わたしもです」
久方ぶりに踏み締める雪はやっぱり心地良い。しゃくしゃくとした軽い音が聴こえるたびに本当の冬が来たと感じる。心なしか、空を飛ぶ鳥たちの羽も瞬きを増しているように見えた。
 若干浮き足立ったわたしは、休校になったのを良いことに、休みの尾形さんを外に連れ出していた。

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 「はー……やっぱり綺麗だなぁ……北海道にいたときのこと思い出しません?」
「多少はな。あのときはこんなに綺麗じゃなかったが」
そう言って、真っ赤になった手を無造作にポケットに突っ込んだ。どうせなら手を繋いでくれればいいのに、と、口に出すより先に手が出ていた。
「つめたい」
「だからこそです」
私のことを湯たんぽだと思っているこのひとは、どうにも不満らしい。私は温もりが欲しいということを口実にしてはいるけど、結局のところ手を繋ぎたいだけ。文句を言われようと離す気はなかった。
「ちょっとだけ歩きませんか、せっかくだから」
案外大きな体を縮こませているそのひとに声をかけ、まだ誰も踏んでいない新雪の上をのんびり歩き出した。転ぶことはないだろうけど、足元が不安定ですこし怖気ずく。それを見兼ねたのか、手を握りしめる力を強めて、ちょっとだけ私を引っ張ってくれるあたり、このひとのことがどうにも愛おしくて仕方ない。好きですなんて今言ったら歩くスピードを速められそうだからやめておく。でも多分、手から伝わる体温で筒抜けなんだろうな。

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 家の近くの、ちょっとした高台。見晴らしが良いってほど大層じゃなくても、こうして見ると一面真っ白で綺麗だ。地面をそのまま映したようなだだっ広い空も普段より近く感じる。
「やっと冬になったって感じですね、やっぱり」
「はは、やたらぬるい冬だな」
「暖冬ってやつですよねぇ。……ぁ、でもわたし、……尾形さんと雪が見られてよかった。こういうこと、いつも思うんです。わたしが見るもの全部、尾形さんと一緒に見られたらなぁって。その中でも雪はとくべつで。……、よかった、ほんとに」
自分がやたらとゆっくり話していたことに気が付いて、咄嗟に隣を見た。呆れたような、もう聞き慣れた、とでも言いたげな、そんな表情。またうるさいって言われるかなあと、今更とは分かっていても静かにした。
「……菜摘」
「はい、」
わざわざ呼ばれた名前と、無駄にかしこまった返事。名前を呼ばれるのは好きだけど、普段あまり呼ばれないから少し胸がきゅうとした。その上、いつのまにか手の温もりを失っていたことに気付いた。そうは言っても私が二歩でも踏み出せばはっきり睫毛が見えるような距離ではあるのに、どこかもの寂しくて。それを隠すような「なんですか」はあえて言わずに、わたしの名前を呼んだきり黙ったままの尾形さんの方を見た。雪の色とは真反対の目と視線がぶつかる。
「菜摘」
「な、…んですか、?」
「好きだ」
「……」
ぽかん、としてしまった。結局なんですか、と訊いてしまったのも、思わず半歩彼に近付いてしまったのも、全部、頭から一瞬すっぽ抜けた。
「い、ま」
「なんでもない」
「なん、でもなくな、い」
半歩出した足を引っ込めて、そのあと、やっぱり一歩踏み出した。今見える横顔はただからから笑うことしかしなくて、全然落ち着かなかった。
「なん、で、いま」
「なんとなく。理由なんてない」
「そん、そんなの、」
ずるい。と言いたくて、もう一歩踏み出して、ぎゅうと抱きついた。今、この白銀の世界には私と尾形さんしかいないんじゃないか、と柄にもないことを錯覚するくらい、よくわからない感情が私の目を回した。愛おしいのは間違いないし、幸せなのも間違いないけど、それ以上の……プラスではある何かの感情が、私の腕が込める力を強くさせた。
「すき、」
「ん」
「大好き、ねえ、尾形さん」
「うん?」
「すき、すきです」
「知ってるよ。……は、なんだお前、泣いてんのか」
顔が冷えている分、自分が泣いているんだなということはすぐわかった。水のはずなのに、こういうときだけはやたらと温かく感じて嫌になる。擦るのはやめておけと、いつもならしないような心配をされたけど気にしなかった。この上なく嬉しいことを言ってくれたのだから、笑顔ではなくとも、ぐしゃぐしゃな顔なんか見せたくない。今更手遅れかもしれないのはわかってるけど、それでも。
「たったの三文字だぜ」
「しってます」
「言うたびに泣かれちゃ仕様がない」
「し、っ"てます」
何気ない言葉ですら今後も一緒にいてくれることを保証するものに感じて、余計に涙がこぼれ落ちた。ぼろぼろぼろぼろ、なんで私は泣いているのか分からないけど、とかく抑えられなかった。
 何度も何度も好きと伝えて、そのたびに曖昧な返事を貰って、泣いて、好きと言って、髪を梳いてくれて、泣いて、笑われて。せっかく一緒に雪を見られたのに、結局それどころじゃなかった。

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「いつまで泣いてんだお前は」
「う、ごめんな"さい……」
繋ぎっぱなしの左手は暑いくらいに温まってしまったし、涙を拭いてばかりの右手はびしょびしょになってしまった。いくら人が少ない高台といえど外で泣き続けるわけにもいかず、連行されるように家に戻った。部屋の中は暖かいのに、尾形さんから離れたくなくてずっとくっついている。
「嬉し泣きだのと言ってたが、それだけでここまで泣けるもんかね」
髪を撫でつけて訊くかれに、視界がゆらゆらする私は、わからないですと応えた。嬉し泣きというものがここまで涙を消費するものなのか分からないし、私のこの涙は嬉し泣きによるものなのかどうかもわからない。尾形さんからの言葉に対して負の感情なんて一切抱いていないのに、なんなのだろうか。
 ただ、なんというか、安心感みたいなものは含まれているのかもしれない。それを伝えると、理解したのかしていないのか、あー……なんて返事をされた。
「わたし、案外ほんとに、尾形さんからそういう……好きだとかの言葉を言われたことなかったのが、しんどかったのかもしれないなって……あぁいやあの、尾形さんのことを責めたいわけじゃないんですよ。そんなわけじゃ決してなくて。ただ私に自信がなかっただけというか、ふざけ半分で求めてたはずのものが本心から欲しいと思うものに変わってて、突然、それが降ってきたみたいな、」
「わかった、から、息しろ息。死ぬぞ」
しゃくり上げていたものを無理に話したから、たぶん酸素が足りてない。なんとか深呼吸を繰り返せど涙は未だ止まらない。今度は尾形さんがため息を吐いた。
「悪かった、なんて言わないでくださいね」
開きかけていた尾形さんの口が、堰き止められた水のようにぴたりと止まった。珍しく私の予想は当たっていたらしい。左手に込める力を強めた。
「尾形さんにわたしのわがままを押し付けたくないし、尾形さんには尾形さんのままでいてほしいんです。なんてこれもわがままかもしれないけど、……もともと、甘い言葉を言うようなひとじゃないでしょう」
そう問いかけてみせると、若干拍子抜けしたような表情のあとに、当たり前だろとちょっぴり楽しそうに笑った。
 悪かったなんて言うつもりはなかった、早とちりだ、とか、図星だったのは分かってますよとか、いつも通りの会話をしているうちに、いつの間にか涙は止まっていた。好きだと言われて大泣きして、言い合いをしているうちにそれが止まるって、やっぱり私たちは、どこか変わってる。それが心地良いから私はこのひとのことが好きなんだろう。
 軽い口付けも、繋がれた両の手も私たちらしくはないし、未だに慣れない。けど、今日くらいは良い、はず。雪の降る、今日くらいは。






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