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 「ただいま〜」
 重い鞄を引っ提げて、陽の差している玄関に言い放った。静かな家にするりと溶け込んで、ふわりと消える。
 少しだけ浮き足立っている今日は、週の終わり。金曜日だ。



「遅い」
「えぇ……」
帰ってきて早々、不機嫌そうな同居人兼恋人に窘められる。光の入っていない瞳に見つめられつつ、いそいそと鞄を定位置に置いた。
 今日は仕事が休みだと分かってはいたけど、帰ってきて既にいる、っていうのはなんだか不思議だった。その上、どうにもご機嫌ななめ。
「一時過ぎに終わると聞いたが。……学校にも行ったしお前に連絡も入れた」
いかにも「腑に落ちてないです」みたいな表情で言われる。
 たしかに今日は帰りが早かったけど、……それを尾形さんに伝えた覚えはない。こういう、「尾形さんがなぜか知ってる」みたいなことは結構ある。どこかでこっそり知られてるのかと思うと末恐ろしいけど、昔__と言っても百年近く前だけど__情報将校の部下だったのだから、そういうものなのかもしれない。深く考えても、この人相手には通用しないのは分かってる。
 ちらりとスマホを見れば、数件連絡が入っていた。珍しくスマホをあまり触らない日に限って……。不運というかなんというか。
「で?どこで何してた」
聞き方が完全に軍人のそれ。本人にそんなつもりはないんだろうけど普通に怖い。
「すみません。友達の仕事手伝ってたんです」
「……女か?」
「そうですけど……」
と、言ってから気付く。多分この人、柄にもなく拗ねてる。いや、普段から結構そういう人ではあるんだけど、今日は何かよからぬことを想像してたらしい。
「尾形さんってそういうとこありますよね」
「あ?」
怪訝そうな顔で見てくるものだから、私の精一杯の笑顔で返した。逆に疑惑の色が強まった気がしないでもないけど。
「……私の中で尾形さんより大切な人いないですから」
「常套句」
「ほんとに思ってますよ」
やっぱり信用ないなぁ、なんて呟きながら、隣に腰を下ろした。
 面倒くさそうに髪を整えるのが彼の癖だ。ずっと変わらない。
「今いる友達とか、五年したら顔も忘れます。でも尾形さんは特別。一生くっついてくつもりです」
「学生は学生らしくオトモダチと仲良くしときゃいいだろうが」
「私が望んでることですから。いいんです、これで満足」
普段はお互い口に出さないけど、そりゃ年齢差とやらが大きな壁であることに間違いはなくて。私なんかしょっちゅう不安になるし、尾形さんも多分、人並みには気にしてる。ただ、それを言ったら世の中に負けてしまう気がして、壁なんてないように接してる。
 無理してるわけでもなんでもないのは事実でも、尾形さんの目にはそうは映らないのかもしれない。変な心配してくれるなんて、それこそ柄でもないこと考えてるな、尾形さん。
「逆に、尾形さんこそ無理してるでしょう。こんな子供に合わせなくても……」
「やかましい」
「む、……だってそうじゃないですか。いくら一緒に住んでるって言っても、尾形さんは大人で私は子供で。住む世界は違うのかな〜とか……たまに思います」
「ッは、アホかお前。別に…ガキだろうがババアだろうがなんだろうが、お前が他の男とよろしくやってんの想像したら気色悪いだけだわ」
「……さよう、です、か」
一応私なりの不安を伝えてみたつもりだったんだけれど、あっけなく一蹴されて、思わず憮然とする。こういうこと平気で言うんだから離れられないって、多分気付いてないんだろう。
「そういうとこです、尾形さん。……大好き」
「情緒不安定か」
「うーん、……多分そうです」
考え込んだふりをして、笑って。そのあと、冗談のように口付けた。
「……大好きです、ずっと」
「今更」
「な、……風情がないなぁ」
いつも通りの、恋人らしくないけど、私たちらしいやりとりを交わす。この瞬間が、一番幸せなのかもしれない。いや、確実にそう。少なくとも、私の特等席がこの人の隣である間は、これに勝る幸福なんて見つからない。きっとそうだ。









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