SS

▽2018/02/25(Sun)
猫の日
「……はぁ?」
 状況の飲み込めない銃兎を黙したまま睨む左馬刻の代わりに、その膝の上からニャアと媚びた雌猫の声が返る。
 銃兎がこうして普段左馬刻の自宅に足を踏み入れることはほぼ無い。妹をエロい目で見やがるだとかのイチャモンで左馬刻には遠ざけられ、また銃兎自身も特に左馬刻の私生活や家族団欒になどほとんど興味が無かった。こういうのを見られるのが嫌だったのか、と兄妹お揃いの茶碗やコップなどを横目に見留めるが、それはそれとして。
 勤務中に届いた珍しいSOSをサボりの口実に築浅とは言い難いアパートを訪れてみれば、鍵は開け放しの上に銃兎の呼び掛けにも返事が無い。仕方無しに一応の安否確認としてガサ入れを決行した結果、大窓前の日溜まりに猫を膝に乗せた碧棺左馬刻が仏頂面で座っていたのだった。
「餌は」
「餌?」
「猫の。買って来いっつっただろうがよ。……てめえは何しに来たんだ、ボンクラが」
 恐らく生後間もないであろう小さな猫を怯えさせない為か、左馬刻は声を荒らげる代わりに低く低く震えさせた。それは怒りか羞恥か、いずれにしても良く分からないが面白い状況には違いない。やがて銃兎は「ああ」と思い至る。左馬刻からのメッセージに添えられていたあのゆるい響きの単語が商品名なら自分は分かる筈が無い。
 俺は悪くないと淡々と言い切って、銃兎は左馬刻に睨まれるのも構わずにその隣に座り込んだ。そして二人分にはやや足らぬ日溜まりの傍らで寄り添って、怪我をした子猫を彼の妹が拾って来たというあらましや、外出する彼女が帰るまで猫が動き回らぬように抱っこしてなでなでしていてくれというふわふわした頼みに頷くしかなかった経緯を聞いた。へえ、と合間に少し笑っただけで左馬刻は耳を赤くして銃兎を睨むから余計に面白い。
「あぁっ、クソが。こんなチビっこい生き物触ってると殺しちまいそうでこえーよ」
「いいんじゃないか、猫を抱っこするヤクザ」
「一つもよくねぇーよ」
「可愛いじゃねぇか」
 ぐっと悔しげに口籠る左馬刻に気付いて「猫が」と付け足しながら、手持ち無沙汰を慰めるように銃兎はスマホを取り出して左馬刻へカメラを向けた。此方へ正面からガンを飛ばすヤクザの逆光に映える綺麗な顔に、オートフォーカスが電子音と共に焦点を合わせていく。しかし左馬刻は意外にも冷静にやめろと唸った。
「猫が驚くだろうが」
 これには耐えられずに銃兎は噴き出した。あまり声を立てぬように忍び笑いで一頻り腹筋を痛めてから、左馬刻の頭を柔らかく撫でた。勿論、猫を膝に乗せたまま動けず屈辱に耐える左馬刻を煽る為だ。こういうのも偶には面白い、と反比例的に銃兎の機嫌は良くなっていく。
「銃兎、……てめえが抱けよ」
「んん?」
「抱けっつってんだよ」
 そう言って左馬刻が子猫を抱き上げるのを制すように、銃兎は左馬刻の肩を抱き寄せて耳許を擽るように囁いた。わざとらしく、甘く甘く。
「へえ、俺にも抱かせてくれるのか?」
「調子こいてんじゃねぇぞ銃兎ぉ……」
 怒りで震える手を振り上げることも出来ずに単調に子猫を撫で続ける左馬刻がいじらしくて、慈悲も容赦も無く銃兎は唇を降らせていった。インダストリアルの側を甘噛みし、耳の内側でリップ音を立てて、するりと指先だけで首筋を撫でながら瞼にキスをする。みぃ、と時折鳴く子猫の頭を片手でおざなりに軽く撫でてやりながら、此処に痕を付けてやると言わんばかりに首の付け根を軽く食んで舐め、嘲笑うように柔く吸う真似をする。無抵抗な左馬刻が口と目を一文字に結んで、切なげに眉間に皺を寄せたまま耐えている姿は、ああ、確かにそそられるかも知れない。
「てっめ……ぜってぇ後でブチ犯してやっから、な……。泣いても許さねぇ、ひいひい言わせてやっから覚悟しろや、っ……」
「今ひいひい言いそうになってるのはお前だろ」
「ぶっ、殺す……」
「ん」
 やってみろ、と耳元で小さく笑いながら悪戯を止めない銃兎。その表情が今日の天気のように穏やかに凪いでいることを、そちらを振り向けない左馬刻は知り得ない。そうして、今すぐこの固い床に押し倒して散々泣かせてやる事が叶わないことを時折小刻みに震えながら嘆いていた。


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