冬の濃い闇空に、無数の星達が瞬いている。ばらまかれたような煌めきのひとつひとつを、線で繋いでみる。しかし星座へのそれほど深い関心を持っていない六道骸は、星座を辿ることを早々に止め、ただじっと星に見入っていた。
昨夜より気温は高いようではあるが、夜気に身体の芯まで冷やされていく思いがする。それでも骸は星を見ていた。
何ひとつ、有機物という観念さえもない、「無の世界」とは、この夜空のように、静寂だけがひたすら続いているのだろうか。
昔、幼かった頃に誓った思いが溢れだす。記憶としてのみ残っている、その思いは、もう今となっては望んでいるものではないが、いくばくか感傷を伴い、自分へ疑問を投げ掛けてくる。
こんなに穏やかに、平和な日々を自分は暮していて良いのか。
どんな過去を生きて、今、此処に自分は在るのか。見失ってしまいそうになる。
チカと星が瞬く。
骸は心許ない心境に陥った。目線を下げ、息を吐き出す。白い呼吸に、生きているのだと、ぼんやりと思い知る。
そうしていると、温かな声が耳に届く。
いつでもどんな時でも、引き戻してくれる、気付けば待ち望んでいる、その声。
いつだって救われる
「骸
あったかいカルピス作ったよ。少し温まって出掛けよう」
「…なまえ、ありがとう」
湯気の立つカップをそれぞれ両手に持ち、なまえがリビングの窓から庭に降りてくる。照れたように微笑むなまえに、骸は愛おしさを募らせた。華奢な温かい手から、熱いカップを受け取る瞬間、骸の片手はなまえの頬に伸びる。
指先が伝える柔らかさと冷たさに、骸の心は掻き乱され、数回、長い睫毛に星の光を乗せたまま瞬きをした。それは、キスの合図。
骸のくせであり、なまえだけしか、これからも知ることはない。
軽く顎に指を添え、ぐっと距離を縮める。
君の存在を、自分の存在を確かめたい。互いの存在を永遠に刻み付けるよう、骸はなまえの唇に、唇を重ねた。
「ん…」
唇を重ねた瞬間、なまえの身体が微かに跳ねる。
その反応も感じる温度も、香りも、髪の感触も。何もかも自分は知っている。
「なまえ…」
君がいて、僕がいる
月並みの表現だが、真実だ。
(まるで汚れを知らない、君…
哀しみを深く知っているのに…
僕の愛しい人だ。
なまえを愛している
それが僕、六道骸だ)
カルピスの甘い匂いが、何処か懐かしい。何よりなまえの唇の甘さに溶ろけていく。冷えていた身体には熱が戻り、骸は満たされていった。
そうして、そういえばなまえにカップを持たせたままだと気が付き、名残惜しくキスを解く。
ちゅと音を立て、ゆっくりと離す。求めさせたく、わざとそうした。
「……むく、ろ」
「なまえ?
クフフ…続きは帰宅したら、たっぷりして差し上げますから、今は我慢なさい」
「ち、ちが…
いつも不意打ちなんだから」
骸がたまらずなまえの髪に触れ、そっと撫でると、なまえは、アクセサリーで華やぐ耳先まで紅に染めたまま、カップを口に運ぶ。愛しさが溢れ、骸は、熱情を鎮めようとカルピスを飲むことにした。
星達の輝きは不思議だ。
どんな過去を生きて、立っている場所は何処なのか。
自分自身を見失い、惑わされそうになるのに、不変の輝きは、想いや存在を確かめる術になる。
骸は自然に、なまえの手に指を絡ませた。
躊躇いなく応える、その大切な手に力を込め、きつく握り合う。
星の入っている、
君の(貴方の)瞳を見つめ、
シャンパンで乾杯をしよう
暖かな暖炉の近くに席は予約してある。
贈り物は朝方、枕元の靴下に入れよう
今宵はナターレ
◎存在を確かめるためのキス
Ash.