その時、私は誰かに助けて欲しかったのだ。
人理復元という大それた役割は否応なしに私の両肩にのし掛かった。誰かに変わってもらおうにも、他に誰もいないのだから仕方ない。逃げ出すことも考えたが、世界が滅亡してしまっている状況では逃げるあてもなく、私はカルデア最後のマスターとして、サーヴァントの召喚に立ち会った。最悪の気分だったが、私に弱音を吐くことは許されない。だって、私を置いて他にいないのだもの。選択の余地があったなら、誰も私なんて選ばないだろう。こんな凡人が人類を救うだなんて、悪い冗談みたい。マシュもドクターもダヴィンチちゃんも、私の頼れる仲間たちは誰もが最大限の努力をしていた。そんな中で、私だけが泣きごとを言う訳にはいかない。私は弱い人間だから、そんなことが苦しかった。辛すぎて、誰かに助けて欲しかった。私を救ってくれるというなら、神にだって頭を垂れるし、悪魔にだって跪こう。
「我が名はオジマンディアス。王の中の王。全能の神よ、我が業を見よ!」
降臨したのは浅黒い肌をした美しい青年だった。これぞ英雄と讃えたくなるような、威厳と気品に満ちている。
「そして絶望せよ!」
何故か、彼なら助けてくれると思った。しかし、オジマンディアスは賢君であったが、救済者ではない。数多の妻を持ち、百を超える子を成した、繁栄の象徴のような、ファラオの中のファラオである。いきなり大当たりだ。こんな大物が来てくれるなんてと、私は手放しで喜んだ。少なくとも表向きはそう見えただろう。これで救うしかなくなったと思った。そういう意味では、私は確かに絶望していた。英霊が一人も呼べなければ、それはとてもつらいことだろうけれども、手段がないことを理由に、目的を先送りにできたかもしれない。しかしそうも言ってられなくなった私は、太陽神を伴って、人理修復に着手した。
内心では怯えて竦んでばかりいる私はさぞ情けなく映っただろうが、オジマンディアスはわざわざそれを指摘したりはしなかった。真の王とは寛大なものだと、私は彼に教わった。こちらに興味がないのかもしれないとも考えたが、どうやらそうではないらしいことは、彼の強すぎる視線がこの身に突き刺さることですぐ知れた。オジマンディアスはいっそ不躾ともとれるほど、正々堂々と私を観察していた。高貴な猫を思わせる、形の良いつり目。彼は見ているだけだ。批判めいたことは口にしない。口数は少なくないのだが、オジマンディアスは評価的な観点から物事を捉えてはいなかった。それは時に私を堪らなくさせた。どうやら、私は彼に裁かれたかったらしい。
弾劾してくれるなら、誰でも良かったのかもしれない。私の脆弱を暴き立ててくれるなら。自己批判で気が済むほど、私は己を信頼していない。カルデアに残った人は皆優しくて、不安定な私に気を遣ってくれているのが痛いほどよくわかるから、外から来たサーヴァントなら私を叱ってくれるかもしれないと思ったのだ。出来れば何か、優れた存在に。
「許す、近う寄れ。貴様の顔が見たい」
オジマンディアスは恍惚とそう言って、まるで寵姫にでもするように横から私に手を伸ばしてきた。断罪どころか私のすべてを受容してしまいそうな風だ。
「オ、オジマンディアス?」
英霊とはいえ異性に、それも美しい男にこんなことをされては、平然としていられる訳がない。私は彼を制止しようとその腕を掴んだが、上手くいかなかった。
吹雪いていることの多いカルデアの空だが、今日は例外的に厚い雲に覆われているだけだった。文明が滅んでも、四季は巡るのかもしれない。目的もなく、ふらふらと外に出た。このまま、戻らなかったらどうなるだろう。そんなことを考えながら、ろくに周りを見ず歩いていたら、案の定迷子になった。足を踏み入れたことのない中庭は、手入れが行き届いていないらしく荒れ放題だった。そんな世界が急に滲んだ。それは当たり前の現象なのに、その時私は慄いた。人類が滅んでも、世界は呼吸をやめない。気候も天気も変わる。それを思い知らせるような。人の功罪すべてを洗い流すような。
雨。
「貴様、何をしている!」
驟雨にさらされながら、硬い石畳に座り込んでいた私の頭上から、厳しい声が降ってきた。その台詞を聴いた瞬間に何故だか涙が溢れだしてきたのだけれど、自分が情けなくて泣いているのか、それとも迎えに来てもらえたことへの安堵の涙なのかはわからなかった。
「人類を救うなんて私には無理だよ…」
烈しい雨に撃たれていても、神王の威厳はまったく衰えていない。それどころか、水を滴らせるその姿は妖しい色気すら纏う。オジマンディアスはマントを広げると、包み込むようにして私を庇った。弱音ごとくるまれてしまった私は零れる涙を雨のせいにすることもできず、惨めったらしく嗚咽を漏らす。
「余を伴って世界を救わんとするか?」
雨音にかき消されまいとして、オジマンディアスはいつもより声を張り上げた。聞き分けのない子供によく言い含めるように続ける。
「 順序が違うぞ! 余がッ! 貴様を伴い、我が支配地たる世界を救うのだ!」
世界は自分の支配地だと神王は言う。そのあまりの高言に、私は濡れるのも構わず顔を上げた。すぐそこにオジマンディアスの端整な貌があった。この慈悲深い王は畏れ多くも、一介の魔術師の為に膝をついていたのだ。
「… 間違えるなよ?」
優しくて、頼もしい言葉。彼は助けてやろうと言っているのだ。私が発し続けていたSOSを、正しく受け取ったからこそ、此処に君臨している、私のサーヴァント。彼の腕の中で、私は強くなっていくばかりの雨音を塗りつぶすようにして声を上げて泣いた。油断をすると自分の感情に溺れてしまいそうだった。
Ash.