毎年夏が来るたびに、ここまで生き延びてしまった己を呪うのだ。私も地底人に習って、大人しく地中に潜っているべきであった。

「夏なんて、死ねばいいのに。」

 こう呟くのも何度目のことだろう。ジーワジーワと照りつける灼熱の陽光とやかましい蝉の声に不愉快さは増すばかり。天からのレーザービームを芯から受けて、ダラダラと汗は止まらず。
 しかし、私は大の字となって芝生に寝転んでいるので大層矛盾した生き方をしているのであった。
 たまには夏らしいことでもしてみよう、と安直に考えたばかりに私はミジメに後悔する羽目となっている。と、言うよりかは方法を間違えた、と表現した方が正しいか。はー、やっぱり馬鹿だな。

 クロロは廃屋の軒下で、夏なんて関係ありません、みたいな涼しい顔をして本の虫となっている。
 熱中するあまり、周囲の暑さも忘れてしまったらしい。丸ごとボケてる。しかしこれこそが、熱中症の正しい在り方なのではあるまいか。
 仕方ない、この男は当てにはならない。屋内でアイスにでも助けを求めようか、とむくりと起き上がった瞬間だった。

「……うん?」

 急に視界に陰りが出たのを不審に思い、再び空に視線を戻す。ごろごろと雷鳴と共に暗雲が立ち込めて、ぼたり、ぼたりと雫が頬を伝った。
 ……嗚呼。何という、唐突な。

 雨。

 盛大なスコールは逃げ遅れた私に容赦なく降り注ぎ、全身をびしょびしょに濡らしていった。大粒の雨が踊るように跳ねる、跳ねる。
 私はというと、すっかり諦めムードに入っていた。
 ―― しまった、洗濯物ベランダに干しっぱなしだよ。
 そんな所帯じみたことを今更考えたところで、私が下劣な人間であることに変わりはない。
 通り雨が颯爽と過ぎ去って、すっかり平穏な青空が舞い戻ってきた。清々しい虹霓まで登場だ。青天の霹靂。私の心は土砂降り雨のまま。ポエミーな気分に陥るのも致し方がない話だ。きっと、身体中泥だらけで見るに耐えない姿になっているのだろう。乙女なのに、赤子のようにパンツまでぐっしょりだった。
 どうせ帰宅したら洗濯をし直す羽目になるはずなので、もはやどうでも良かったが。しかし人生って、心底めんどくさい。

「よし、行くか。」

 ぱたん、と本を閉じる音が聴こえた。読書を終えたらしいクロロは、まるでこの世に未練なんて微塵もない、というような爽やかな顔つきをしている。私とは全く背反しているため腹が立った。
 磁石のN極とS極なら、引き合う運命なんでしょうけど。何てったって私たちは常に反発し合って生きている。

「へ、どこに行くの?」

 コンビニ、なら今の私に役立ちそうな物を全て買ってきて欲しいんだけど。試しにお願いしてみるが、クロロは何を今更とぼけたことを、と言いたげな表情だ。
 ―― どこって、お前が言い始めたことだろう。 ……ですって。

「夏の存在しない国へ行こう。」

 うっ、眩しい。まるで地下から掘り起こした、みたいな年代物のアイドルのような笑顔を向けられてすっかり圧倒されてしまった。
 しかしながら、まるで意味不明だ。私、一言もそんなこと言ってないよね?
 私が濡れ鼠となっていることにも、気付いているのかいないのか。いや、気付く気が一切ない、に一票投じよう。この選挙は私の圧勝だ。

「あのー、クロロさん?」

 読書を最大限に楽しんだんでしょうね。るんるん気分に浸っているところ悪いけど、夏の醍醐味だって、それなりにあるの。私はそれを満喫する術を知らないだけ。
 かき氷を食べて頭がキーンと割れるように痛くなったり、海でクラゲに刺されたり、花火を楽しんで火傷したり、夏祭りで財布をギられたり、恋人繋ぎをして汗にまみれて気まずくなったり。……例えがまるで上手くないのが玉に瑕であるが。
 そういう、夏特有の何かを楽しもうとは思いませんか? ……いや、ない。
 クロロは私の話に耳を傾ける気がない。

「なまえ、ついてこい。」

 小汚く泥や雑草にまみれた腕を引かれ、まるで本能に従う少年のようにクロロはずんずんと前に進んでいく。目指すは虹色に輝く彼方だ。
 彼は、いよいよ熱中症に違いない。夏の温度で頭が沸騰したんだろう。でないと説明しようがない。夏の神様、爽やか男とびしょ濡れ女に共存する道はあるんでしょうか。耳が遠くなっていないのなら答えて下さい。……ええ、耄碌しているんですね。そんな気はしていました。
 嘘みたいに晴れ渡った空。息を潜めていた蝉たちが再び大合唱を始める。せいぜい濾過したあとに取り残されないようにしなくっちゃ。
 夏は、まだまだ終わりそうにないので。


Ash.