放課後の校舎に、下校時刻を知らせるチャイムの音が鳴り響く。夕陽のオレンジで染まった教室には、私の他にもう誰もいなかった。
どこからか届く、部活帰りらしい生徒達の騒めき。私一人きりの、この空間の静けさがより際立つ気がする。
私も帰宅しよう。そう思い机の上を片付けていると、扉の開く音が耳に入った。顔を上げれば、赤い髪をした同級生がそこに立っていた。大好きな彼の登場に、顔が綻ぶのが分かる。さっきまで感じていた少しの寂しさが、一気に吹き飛んでしまったみたい。
「丸井!」
思ったよりも大きな声になってしまって、なんだか恥ずかしかった。
私に気が付いた丸井は、彼の席に向かいつつも、こちらを見て手を振ってくれた。
「今部活終わったとこなんだ?」
「おう」
「お疲れ様ー」
「どーも。もうくたくただぜぃ。腹減った」
丸井が気の抜けた声を上げる。
「あーごめん、今なんにもお菓子持ってないや」
タイミングの悪いことに、いつも鞄に入れているチョコレートは、勉強のお供として先ほど食べ終えたところだった。
「まじかよい。みょうじ使えねぇ」
「なんだとこのやろう」
科白に反し、緩む私の頬。
言葉を交わしている内、用事を済ませた丸井がこちらへ歩いてくる。
「でもまあ、やーっと金曜日も終了だね。明日からお休みですよ」
横に並んだ丸井の背中を叩けば、彼はニヤリと笑った。大きな瞳が、いたずらっぽく弧を描く。
「お前、本当に嬉しいのかよぃ?先週の金曜だって、教室に残ってただろ。実は学校が名残り惜しいんじゃねえの?」
す、鋭い。
表情こそ変えなかったけれど、内心かなり動揺していた。
本当は、いつでも学校にいる時間は惜しい。特に、金曜日であれば尚更。
私は、理由もないのに積極的に連絡を取ったりできるタイプじゃない。だから、いつも学校に遅くまで残って、帰り際にもう一度丸井に会えるかもしれない、なんて可能性をこっそり楽しみにしているのだ。
でもそんなこと言えるわけがないから、瞬時に脳内でもっともらしい理由を探す。
「あれは――」
雨。
「傘を持ってなかったから、ギリギリまで雨が止むのを待ってただけだよ」
先週の金曜日。あの日は確か土砂降りで、丁度、下校時刻間際になって雨が降り止んだのだ。今日と同じように教室に来た丸井が、室内練は筋トレが多くて面倒くさいとぼやいていたから、よく覚えている。
まあここだけの話、本当は折りたたみ傘を持っていたんだけれど。
「ふぅん」
存外素っ気ない反応が返ってきた。
「それに私、学校にいないと勉強しないだもん。学校で勉強して、家に帰ったら思いっきり遊ぶことにしてるの」
「ああ。お前ってそんな感じするわ」
どうやら納得してくれたみたいだった。とりあえずはひと安心。
「ちなみに、俺は別に金曜日嬉しくないぜ」
丸井が、思い出したように口を開く。
「丸井は土曜日も部活あるもんね。お休みって感じがしないから?」
「まあそれもあるけどよ」
不意に、丸井の表情が真剣みを帯びたことに気がつく。でも彼は、かっこいいな、なんて見惚れている暇もくれなかった。
「休日に入ったら、お前に会えなくなるだろい。だから金曜は憂鬱だよな」
告げられた瞬間、確かに私の時間は止まったと思う。
それは、そういう意味だと思ってもいいの?
「おい、なんか返事ないのかよ」
丸井が、黙っている私を急かすように肘でつついてくる。彼の頬は赤く染まっていて、その動作が照れ隠しなんだと気がついた。
もし、先週も今日も、ここで会えたのが偶然じゃないんだとしたら。丸井も、私と同じ気持ちでいてくれてたんだとしたら。
大丈夫、丸井は私を受け入れてくれる。そう信じて口を開く。
「私も、丸井のことが好きだよ」
「まだ好きとは言ってねぇだろ」
丸井が、私の頭を軽く叩いて笑った。
金曜日は好きじゃなかった。明日から丸井と会えないんだと思うと、いくらでも切なくなれた。
でも、そんな日だからこそ、丸井と一緒にいられると一層嬉しくて。
やっぱり丸井は私にとって、金曜日のとっておきのお楽しみをくれる、特別な人なんだってこと。今日、改めて噛みしめました。
Ash.