強くなりたかった。


「クザンさんっ!!!」


あの人のように。

あの人の背中だけを見続けて、追いかけ続けて。


「あららら。こりゃまたイイ女になったじゃないの。なまえちゃん」


声に気付いて振り返ったクザンは懐かしそうに一瞬目を細めた後、フッと笑って優しくなまえの頭の上に手を置いた。


「……っ!」


あの頃は私の視界全てをすっぽり覆う程大きかったその手も、成長した今の私の頭には違和感なく馴染み、丁度よくおさまった。

…その事が何より一番嬉しくて、誇らしくて。


「今日からよろしくお願いしますっ!!クザンさん!」


ずっとずっと憧れだったその人がいるのは偉大なる航路(グランドライン)の三大勢力の一つであるここ、海軍本部。

更にはその中でも大将≠フ座にいるクザンに近付きたいという事であれば、かなりの実力と忍耐力を身に付ける他なかった。

女だからと、若いからと嘲笑われ、何度も涙を飲んでは地に伏せさせられたが、それでも抱き続ける彼への想いは変わらなかった。だから登りつめた。


「こう見えてもおれは結構スパルタなのよ?ここまで来たなまえちゃんの実力は認めるけど、この先はそうじゃない」

「わかってます」


近付けたからゴールという訳ではない。

自分が憧れ続けたこの人のいる世界は決して甘い世界なんかじゃないし、こうして彼の下に付けたからといって、追い付いたワケでもない。


「…まったく。」


それでも私の頭の上に置かれたクザンさんの手は優しくて。

吐息をつきながらも私を部屋へと招き入れるように反対の手は扉に伸ばしてくれるから、笑いかけてくれるから。


「 っ!…これからは私にクザンさんの背中を護らせてください!!」


だから私はこの人の為であれば迷いなく命を投げ出せる。

その覚悟を持って望んだこの座に、地位に。後悔なんてある筈もない。


「どうだかねぇ」


そう言って向けられるクザンさんの優しい瞳。

その瞳の中にいつでも私が映るように。
映してもらえるように。

私は私の持てる限り全てを使って、この人の傍にいようと決意したのだった。





「…長期任務?」

「そうそう」


私がクザンさんの下に付いてから月日はあっという間に流れ、気がつけば5年もの日が過ぎていた。

そして5年も経てば人間、それが如何に非常識で、頭を抱えたくなるような日々の連続だとしても慣れてしまうものなのだと知った。

まぁ、それについては知りたくもなかったんだけど。


「で。任務内容も任務先すらも知らされてないうら若きいたいけな乙女を、今回もまたクザンさんは睡眠中に無理矢理船に乗せた上で、今に至るというワケなんですね?」

「ちょっとちょっと。その言い方だとおれがものすごく悪い事したみたいじゃないの」

「今はもう慣れたんで何とも思わないですけど、普通の人だったら確実に殴りかかっていてもおかしくはない状況だと思いますよ。」

「だって仕方ないでしょ。なまえちゃんの寝顔があまりにも可愛いもんだから、おじさん起こすの躊躇っちゃったのよ」

「そのセリフを信じて頬を赤らめていた頃が懐かしいです」


付き合いが5年も過ぎればちょっとやそっとの事では動じなくもなるし、経験に基づいた分析から騙されもしなくなるというもので。

よって最初こそ無知と若さ故に今のようなクザンの言葉を信じていたなまえであっても、今となってはもうツッコミすら至って冷静だ。

昔はあんなに可愛かったのにねぇ…と頭を掻くクザンを横目に、口には出さずとも誰のせいですか誰の、と向ける冷めた視線。

それでもこれは慣れと、それだけクザンと時間を共にしてきたからこそ出来上がった関係性なのだという事は百も承知の上だ。


「とりあえず今回の任務資料は……っと、これですね」


そう思って思わず緩みそうになった口元を隠すよう、私は傍らの机の上に置かれていた資料を手に取り、文字に目を走らせた。

だらけきった正義を掲げているくせに、重要そうな部分にはきちんと線が引かれているその資料を見て、なんだかんだ言って真面目なんだよなぁと思わず呟いたらすかさずクザンさんが近寄ってきた。

だからその分私も距離をあけるように離れたらまたさらにクザンさんが距離を詰めてきて、また私が距離をあけて……という事を繰り返していたらいつの間にか甲板に出ていて、それに二人して自然と笑ってしまった。

出てみてから気付いた事だが、外はお世辞にも良い天気とは言い難い空模様で

そしてーー


「…んっ」


クザンさんの右手が自然な動作で後頭部に回されてきたか思うと、そのまま引き寄せられて強引にキスされた。


「おれの事追いかけて海軍にまでなるなんて、ほんとなまえちゃんてば物好きだわな」


触れるだけの口付けはすぐに離されたが、移動したクザンの舌は次になまえの耳へと這う。


「やっ…! クザンさっ、」


クザンに寄せるこの想いが実を結んだのは、一体いつの事だったか。

ずっとずっと追いかけ続けて、彼のその背に手を伸ばし続けて。


「おれはね、なまえちゃん」


こんな風に触れてもらえる日が来るだなんて思った事もなかった。

そして愛しい者を見つめるような、こんな風に優しい視線を向けてもらえる日が来るだなんて事も。


「能力者だから迂闊に触れるワケにはいかないけど、海は好きなのよ」


だから正直こうやって海渡ってるのも好きだし、見るだけでも充分にねと続けるクザンが何を言いたいのか分からなくて、なまえはキスによって潤んだ瞳をクザンに向けた。

その視線に気付いたクザンはだからさ、と続けると再びなまえに唇を重ね、そして少し自嘲的に笑ってみせる。


「もしなまえちゃんがおれを必要としなくなったら」


…そのセリフの先。

クザンがどういう意図を持ってその先の言葉を口にしたのかは分からないが、クザンがそのセリフを言い終わったのと同時に空からは冷たい雫がポツポツと落ちてきて、甲板の床板に茶色いシミを作った。

雨。

突然降り出したそれに早く船室へ戻ろうとするなまえに対し、けれどもなまえの後頭部に手を回したままのクザンには全くといっていい程その意思はないようで、滴る雨に衣服が濡れるのも構わず、穏やかな瞳をなまえに向けていた。


「…クザンさん。今のは一体どういうーー」

「意味なんてそのまんまでしょ」


そう返せば珍しく戸惑うように視線をさ迷わせるなまえを見て、クザンはなまえが初めて海軍本部にやってきた日の事を思い出し、懐かしく思った。


『 っ!…これからは私にクザンさんの背中を護らせてください!!』


そう言って頼もしく頭を下げたなまえ。

だがクザンがなまえのその言葉を聞いて思ったのは他でもないーー



愛する海へと沈めておくれ


あの日おれの背を護らせてほしいと願った君に。

おれが願っていたのはそれとは真逆の、そんな願いだった。

想い合う気持ちはあの頃から既に重なっていて、でもだからこそおれは最後の時こそ君に護って≠烽轤、んじゃなく沈めて@~しいと思ったのよ。

愛すべき海と、愛すべき君の中へ。

一番に愛する、君の手で。

Ash.