「連載、来週分で終わりにする」
「え、……え?!」

眼前に2週分の厚みの原稿が突き出される。
彼の担当になって2ヶ月。まだ2ヶ月。人気絶頂のこの漫画を終わらすなんて言われたら……。作者が描かないと言うならば無理に描かせることはできないし、もしかすると担当の俺の責任になってしまうのだろうか……?

「……露伴先生、本気ですか?」

答えなくとも彼の表情を見れば冗談でないことが解った。俺には未だ受け取らず彼が突き出したままの原稿を受けとるしかないと言うことも。

「心配しなくとも、内容は綺麗に纏めた。ファンのが不満に思うような結末じゃあない」
「でも……」
「僕は帰る。暫くは連絡してこないでくれ」

俺が原稿を受けとる前に先生はテーブルの上に無造作に置いて立ち上がった。彼は原稿と一緒にお釣りが来るくらいのお茶代も置いていった。どうしてこうなったのだろう。去っていく彼の背中を見つめながら編集長にどう言い訳するか考えた。

*********

規則性は無かった。
ふと思い付いたときにやってきて、合鍵を使って勝手に僕の家に上がり、勝手に僕の家の物を使った。彼女がもう寝ようと言えば僕は寝るしかなかったし、彼女が明日出掛けようと言えば僕は付いていくしかなかった。奔放な女。他人の言う通りに行動するなんて僕が嫌いなことの最たるものであった筈なのに、彼女の気まぐれな提案に付き合ってやり彼女の程々に嬉しそうな様子を見ることは苦痛じゃあなかった。
だがあのときは、何故だか酷く苛立っていた。僕の漫画が必要とされているのか、とか、彼女は僕といる時間に意味を見出だしているのか、とか、考え出したらキリがないことで頭のなかが一杯で、でもそういうとき(いや、いつも)彼女は欲しい言葉をくれないんだ。

『先生、怪我した』

彼女は僕の家にいるときはいつも裸足だった。癖なのか僕の家だけでのことなのか(僕は彼女の家を知らない)、それはわからなかったが裸足でバルコニーに出たら怪我をしそうだということぐらい考えないのか?怪我をしてほしくなんかない。ないに決まっている。だが怪我をしたのは彼女が裸足でいたからで、だから僕は、疲れた顔をして、疲れた声で、

『裸足で歩くの、止めたらどうだ』

と、そう言った。
そうして彼女は出ていった。裸足のままで。今も僕の家には彼女のパンプスだけが残されている。彼女がいなくなってから気が付いたんだ。気まぐれに家に訪れたり裸足で歩いたり裸足のままで家を飛び出したり、僕には理解できない女だから好きだったんだと。最初はこれも気まぐれで暫くしたらまた平気な顔をしてやって来るだろうと思っていたが、彼女はまだ来ない。3週間経った。もう遅いかもしれないが、僕は。

*********

『ねぇ露伴。私のことが好きなら連載を終わらせてよ。私も露伴も20代にしては十分すぎるくらい蓄えがあるし、暫く休んだって世間は岸辺露伴の名を忘れたりしない筈。漫画を忘れて二人で海外旅行でもしよう』
『……悪いがなまえ、それは出来ない。漫画は僕の全てなんだ。漫画は、なまえよりも大事なんだ』

以前の彼とはよくそんな話をした。と言っても私は彼に「そうだね」と言ってほしかった訳ではない。ただの確認だった。彼が私より漫画を選んでくれるということを。そう言った後で、キスで誤魔化したりしないということを。それだけ漫画と私に真剣だということを。
私は彼の恋人であり、きっと、『ピンクダークの少年』の一番のファンでもあった。お互いにお互いの生き方を尊重しあっていた……筈だったのに。

「なまえ、聞いてる?」
「うん」
「本当に?」
「うん」

私の適当な返事に溜め息をつく彼女は私の友人で、露伴先生と出会ってからは会っていなかった人だった。私は恋愛と友情を同時進行する器用さすらない。久々に会ったと言うのに終始上の空な私に彼女はどれほど呆れているのだろうか。

「そういやなまえさ、『ピンクダークの少年』って漫画好きだったよね?」
「……うん」
「今週の見た?」

そういえばまだ見ていない。『一番のファン』を自称しておきながらこの体たらく。作者とは色々あったが本当のファンならば漫画と作者への私情は分けて考えるべきだ。……いや、本当は仲直りすれば良いだけだ。でもまだ。彼が『私が出ていった理由』をちゃんと理解するまでは、まだ。

「あのね、あれ、来週で終わるらしいよ」
「…………えっ?」


Ash.