※少量のスプラッタ



……サァ、何を飲もうかしら。今夜もヒソカの面白い話をおつまみにして飲んだくれたいわ。人殺しって、なんだかときどき、すごぉく疲れるのよネ。そんな時は私、アナタの顔を見ると、とっても胸が安らぐの。そうしてアナタと乾杯できたらもう最高の夜よ。幸せってきっと、こういう気持ちのことを言うのネ……。

……アラ……そんなモノを構えちゃイヤよ。トランプってヒトを切るためのものじゃないんだから……。それに私達、まだ一杯しか飲んでないじゃない。私、一杯じゃとても酔えないの。こういう時に損よネ、酒に強いって。……アア、でも、ヒソカもお酒、強いでしょ。知ってるんだから。アナタがいつもへべれけになった私をおぶってホテルまで運んでくれていたこと……。今日もてっきり運んでくれると思っていたのに……残念だわ。今日のヒソカ、ちっとも雑談する気分じゃないのね。……いや、本当はいつも、雑談なんかするより、私と殺し合いたかったんでしょう。知ってるんだから……。

ホラ、次はテキーラを頼むわよ。ここのバーテンさん、カクテルを作るのがとびきり上手なの。ヒソカは初めて来たから知らないでしょうけど、私、ここの常連なんだから。……フフ。私がどこのバーに通ってるか、なんて、さすがのアナタにもわからないでしょ。私、アナタに人生を監視されてわかったのよ。どうすれば個人情報を守れるのか、ネ……。

そんな鷹のような目をしないで頂戴。まだ私、アナタと話したいことがあるのよ。せめて今夜だけでいいから、少しだけ聞いてほしいわ。私のくだらない話を。独りよがりのミジメな女の話を……。
……アラ、もうグラスをあけたの。じゃあ次を頼みましょう。次は……スコッチが飲みたい……そう思わない?

………。
あのネ……私ネ……アナタと出会ったときから……ええと、あれは何年前だったかしら……三年……そう、たしか三年前……寒い寒い冬の夜に……真っ赤な雪の布団で埋もれた私を、アナタが拾ってくれたあの日から……私、ずっと思っていたのよ……。きっと私、寿命では死ねないんだろうナァって……。アナタに殺されて死ぬんだろうナァって……。

雪まみれの路地裏に血の海ができるくらいボロボロの傷だらけだった私を、アナタが救ってくれた理由。……それを考えるたび、憂鬱にならない日はなかったわ。だってツライじゃあないの。私、命の恩人であるアナタをカミサマだと感じたことすらあったのよ。私の命も、生きている理由も、ぜんぶ、アナタに支配されてるんだって……そう思うと……アナタを敬慕せずにはいられなかった。……いや、慕うって気持ちとは少し違うかしら。この気持ちは、強いて言葉にするなら……絶対的な敗北感と被支配感……そして……劣等感……。そう、つまり私は、アナタの中に逆らいようのないカミサマを見出したの。私の何もかもを掌握して蹂躙して可愛がってくれるカミサマ。

でもアナタが私を救ったのは、私を自らの手で殺すためだった。
その事実を最初にうたぐったのは、アナタとふたりきりの毎日を過ごすようになってから、半年あまり経った夏の夜……一緒にお酒を飲んでいた時のことよ。アナタはあの時、私の手管にちっとも惑わされなかった。最初はね、アナタにはそういう男の欲求がないのかと思ったの。あるいは、アルコールを利用した私の卑劣な作戦を忌避したのかと……。でも違った。素面の私が目の前で下着を着替えたって、アナタ、ちっとも興奮しないじゃない。だからネ、私、アナタにこども扱いされてるのかナァって思って……悲しかった。
けれどその年の秋に、すっかり傷を癒した私が、赤の他人のお腹を切り裂いて十二指腸を引きずり出した時……あの瞬間のアナタの顔といったら……もう本当に最低だったわ……あんなに汚い目をして……肉欲を顔いっぱいに滲ませて……正直怖いとすら思ったくらいよ。
おかしいわよネ……血まみれになってヒトを殺しているのは私のハズなのに……そんな私を見つめるアナタのほうがよっぽど狂気じみて見えたんだから……。
私、アナタが私に興奮してるのを見て気づいたの。アナタに殺されるために私は生かされているんだ……って。

でもホラ、私たち、まだ一度も手を繋いでないじゃない。キスだってしてない……。人間の男女ってのはね、セックスする前に段階を踏むものなのよ。見つめ合ったり、腕を絡めたり……。だから私達も段取りってやつを踏むべきだと思うの。まずは腕相撲から、とか……ネ。だから今日いきなり殺すところまでイクのは勿体ないと思うわ。ねぇ。もっと楽しみましょうよ。私、アナタが好きなのよ。愛しているのよ。どんな手を尽くしてもアナタには逆らえないの。だから、お願いよォ……。
まだ、アナタの横に……いたい……。


***


……バーテンさん……逃げちゃった……。まさか常連の客がこんな殺人鬼を連れてきて、しかも目の前で殺されるなんて、思ってなかったんでしょうネェ……。他のお客さんにも、酷なものを見せてしまった……。血とか、臓器とか、私たちは見慣れたものだけれど……でも私も、自分の内臓を見たのはこれが人生で二度目よ。アナタに拾われた日、以来。

アア、いっそのこと、一思いに殺して欲しかった。だってツライのよォ。好きな人に煽られながら時間をかけて殺されるのって、とても心が痛いの。最期に見る想い人の顔が、私自身の血にまみれているなんて、アンマリじゃない?
アナタを悦ばせるには、アナタに殺されまいと足掻くしかない……けど、無理よ、そんなの。だって私、アナタには何度生まれ変わっても逆らえない……勝てやしないんだから。
……でもきっと私がこんな態度ばかり取るから……どんなに切りつけられても戦わないから……抵抗の仕方を知らない赤子のフリばかりするから……だからアナタ、そんな顔をするのね……。アナタが浮かべる表情の中で、私が一番、嫌いだった、その顔……。
私……この世の何よりも恐れていたわ。その目が私に向けられることを。その……何もかも興味ないって瞳……。私はその目が、鷹の目よりもずっとずっと、怖かった……。

ア……アナタ……私を置いてっちゃうの……。私、もう自分じゃ歩けないのよ……。意識もふわふわして……。ホラ、運んでよ。いつもみたいに。ホテルまで……。
……いや、本当はわかってる。わかってるのよ……。だってネ、女ってのはミジメな生き物だから、男に捨てられた時、ようやくすべてを理解するの。アナタがいかに不実な男だったか……どれほど憎まれるべきか……私がどれほど深くアナタに心酔していたか……どれほどお門違いな愛を抱いてしまっていたか……。そして……私がもう、アナタの快楽に値しない女になってしまったことも……私が死んでも、アナタには数え切れないほどの「次」がいるんだってことも……。
……ぜんぶ、知ってるんだから……ネ……。

Ash.