宮侑くんとわたしの関係性は説明がし難い、瓜ふたつの治くんとはちがう。ジュニアバレーボール教室の関係者であった父親を影に縮こまる、引っ込み思案なわたしを覗き込んでは悪戯に笑う男の子は侑くんだった気がする。生長していない未熟な身体でも逞しさや闘気は垣間見えることが出来て、希望を胸に、自ら足を進めるようになった。ちいさい身体はわたしもおなじだ、しっかりと鳴る心臓に撒かれた種は侑くんによって芽吹き、咲きたいと震えていた。理由はひとつ、恋をしたのだ、恋をしていたのだ。侑くんが好きで好きでたまらない。だからなのだろう、今も、目先の幸福を選び続けている。
「なまえ」
始まりは中学一年生の初夏、驟雨を避けるために雨宿りしたバス停でのことだった。わたしたちが走る速度よりも早くあめは激しく降る。ぬれた制服をスカートを絞り、鞄の中からハンドタオルを取り出して、侑くんに渡そうとすれば、侑くんは自身のスポーツバックから取り出したフェイスタオルをわたしに被せた。髪の毛を乱暴に拭けば、しぶきに目を瞑り、たのしさにケラケラと笑い合う。やり返そうと、顔をあげた時に始まったのだ、すべてが始まった。鼻と鼻が擦れ合う程の距離にいるわたしたちは時なんてとめない。くちびるを合わすと、角度を右に左に、数えきれないくらい重ねて、くちびると繋いだ手に陶酔した。ふたりの息遣いが心地を良くさせる。下くちびるをぎこちなく噛まれれば、あまったるい眩暈に眩み、肌ざむさに震えては、前髪に含んだみずが頬に伝った。制服も、斑らに色を濃くした靴下も、履いているおろし立てのローファーも邪魔だ。永遠が欲しかった、このまま時を止めて欲しい。朧げながらも捧げる覚悟はする。不透明な恐怖よりも、目先の幸福を選んだつもりだった。『 』侑くんの声に、瞼をひらけば、ぼんやりと、血の通ったあかいくちびるがまた三文字を紡いだ。
「ごめん」
わたしは温度をなくした。永遠は手に入らない、時をとめることは出来ないことを身を以て知る。それからは逃げるように避けて、別々の高校に進学した。友人の紹介で恋人も出来た、朧げな覚悟を捧げる相手は恋人を選んだあの日の夜、侑くんは家に来た。用件はひとつ、彼氏が出来たのか、と問うために、それだけのために家に来た。言い難くもあるが、嘘はつかなかった。激昂した侑くんはわたしをベットに組み敷く。噛み付くようなキスは痕を遺しているようだと、恍惚に浸る自身にも辟易しつつ、覚悟は価値を見出した。
「なあ、……頼む、…頼むって」
「な、に?」
下着に着いた血痕は洗っても取れなかった。それを合図にわたしたちは関係性を一気に築き上げる。ゆびきりを、約束を、交わしているわけでもない。侑くんは気分で此処に来て、わたしは恋人よりかはすこし優先して、貪るように肌を合わせる。二度目は胸だけを、何度目かは曖昧になれば、下着に侑くんは手を伸ばすようになった。恋人がつけた出来損ない鬱血痕を見れば、侑くんが上書きをして、ひとつになった。恋人が元彼になったことは言うべきか、頭を抱えては、侑くんは弱々しく縋るようになり、情事の後は噛み跡をつけるようになった。
「すきって、……好きって言ってや」
肌を合わせる度に、温度をなくした日に近づいていく。弱々しく縋るのは、罪悪感に苛まれるのがすこしでも少ない方がいいからだろう、瞳を潤ませるのは煩悶じゃない、快楽でしょう?鎖骨からシーツに侑くんの汗が滑る。好きだなんて言わない、涙だなんて思いたくない、言ったところで、思ったところで、変わらない。ふるえる侑くんを抱き締めること、痕をつけて貰うことが、見出した価値が出した答えだ。
Ash.