ぼくが、初めてその姿を見かけたのは、学校の図書室だった。
委員会の当番で、昼休みにカウンターに座った時、偶然視界に入った。窓側の席に座り、外をじっと見ていた。
何を見ているのか、興味が少しわいたが、一緒に当番をやっていた降旗くんに声をかけられたので、そちらに気が向いた。暫く彼と話してからふと窓側へ目をやると、その姿はそこにはなかった。

次に見かけたのは体育の時間だった。男子はサッカー、女子はテニスをやっていた。
体操服は着ていても―見学なのか―他の女子に混じることなく、一人サッカーをじっと見ていた。
誰を見ているのかとその視線をたどってみると、赤毛の男子にぶつかった。
楽しげに走り回る彼を、眩しそうに見つめている。黒い双眸に宿るのは、恋慕ではなく、憧憬だった。
ぼくに気づいたのか、顔がこちらを向いた。視線合うと、驚いたように目を見開く。
軽く頭をさげて挨拶するとぱちぱちと瞳を瞬かせ、それからふわりと笑みを浮かべて手を振ってくれた。

―その日の放課後
部活の休憩時間。ハードな練習に体力がほとんど持っていかれ、体育館の床に倒れていた。
脇には火神くんが座っていて、相変わらず体力ないなと呆れたようにいってきた。放っといてください、と顔を背けると、出入口の所で一人佇んでいる姿があった。あの時と同じ眼差しを隣の彼に向けている。
既視感を覚えるそれは。
かつてぼくも『彼』に向けていたものと似ているものだった。
「何見てんだ?」
と、火神くんがきいてきたので、彼女のことを尋ねてみたが…
出入口の方を見た火神くんは、首を傾げてからぼくの方を振り向いた。
「誰もいないぞ」
「えっ?」
思わず声をあげ、振り返ると、確かにそこには誰もいなかった。
それから何度か姿を見かけることがあったが、部員に話しかけることもなく、じいっと火神くんを見つめているだけだった。
他の部員にも彼女のことをきいてみようと試みたが、肝心の本人がいなくなってしまうので、きけずじまいだった。

「こんにちは」
数日後、放課後の図書室で見かけたので、思い切って声をかけみた。
びくりとその華奢な両肩がはね、こちらに振り返える。黒く少し垂れ気味の両目が大きく見開いていた。
何故、顔を合わせる度にそうまで驚くのだろうか…
「何度かバスケ部の練習を見に来ていましたね?バスケに興味があるのですか?」
いきなりそれを尋ねるのは憚れるので、当たり障りのない質問をしてみた。
すると、少し、首を傾げて答えてくれた。
「ちょっと違うかな…。全然ないわけではないんだけど…」
うーんと腕を組んで唸った。
「体育の時間、楽しそうに体を動かす火神くんが格好よくって、ずっと見てたんだ。それでさ、バスケ部に所属してるって知ってね、見学に行ってたんだ。ダンクしていた火神くん、格好よかったなあ…」
見学していた時のことを思い出したのか、遠い目をしている表情はうっとりしていた。
「彼は凄いね。誰よりも高く跳べて。私もあんな風に跳んでみたいなあ…」
「…近くで見たいと思いませんか?」
「えっ?」
ぼくの突然の申し出に、きょとんとした顔になった。「バスケ部にはマネージャーがいません。よければ、やりませんか?そうしたら、もっと近くで見られますよ」
カントクが時々マネージャーが欲しいとぼやいているのは知っている。やってくれるなら誰でも、とは思うけれど、やっぱりバスケを少しでも好きになってくれる可能性のある人がいい。
「私バスケのことよく知らないけど、いいのかな?」
「大丈夫ですよ。これから覚えていけばいいことですし、慣れるまでぼくもサポートしますよ」
眉を下げて不安そうにいうので、フォローをしておいた。
「一度、仮入部をして様子をみてみたらどうですか?カントクに話を通しときますよ」
そう提案すると、ぱっと明るい表情になった。嬉しそうに顔を綻ばせる。
「ありがとう」
「ぼくは黒子テツヤです。貴女の名前も教えてください」
「…今は内緒。今度会った時に教えてあげる。カントクさんには私が直接いうから大丈夫だよ。…私はもういかなくちゃいけないから」
悪戯っぽく笑うと、またねと胸元で小さくてを振って図書室を出ていく。
その後ろ姿を見送った。
どこか不思議な雰囲気をまとっている、名前のわからない少女。
「どういった人なんでしょうね」
存在が希薄なところは自分となんだか似ている。興味を覚え、次に会うのが少し楽しみになった。
「色々きいてみたいこともありますしね」
ひとりごちると、図書室を出て体育館へむかった。
だけど、この日を境に、少女の姿を見ることはなかった。
「これはどういうことなんでしょう…」
校内を歩き回っても見つけられない。
「まさか、彼女は――」
脳裏に浮かんだ考えに、背筋が震えた。

―一月後。
マネージャー候補だと、カントクに連れてこられたのは、久しぶりに見るあの少女だった。ぼくは驚き、思わず凝視してしまった。
「初めまして!私は一年のみょうじなまえです。バスケ初心者で、勉強中です。一日でも早くお役にたてるよう、頑張ります」
はきはきと自己紹介する様子に、以前あったような希薄な感じは見受けられず、生気に溢れている。
ぐるっと顔を巡らし、ぼくの隣でぴたりと視線を止めた。ぱっと表情を輝かすと、走り寄ってきた。
火神くんの正面にきて真っ直ぐに見上げる。
「な、なんだよ…」
勢いに圧され、たじろぐ。「私!貴方のファンです!近くでプレーを見られて嬉しいです!」
「!」
「「!?」」
きらきらと輝く瞳で、見上げてくるみょうじさんに顔を赤らめる火神くん。
ざわめく部員たち。
見た目は背が高くて体格がよく、やや強面なため、女子にここまで近づいてこられるのは滅多にない。
「…火神くん、顔、赤いですよ」
「るっせえよって、黒子ぉ!?」
ぼくがつっこむと、怒鳴りながら驚くという器用なことをした。
「黒子、くん?」
みょうじさんが確かめるようにぼくの名前を呼んだ。「はい、ぼくが黒子です」
返事をすると、黒い双眸が丸く見開いた。
「あーっ、ホントにいた!退院してから学校中探しても見つけられなかったし、クラスにいってもいつもいないし、あの頃私が見えて、しゃべれたのが黒子くんだけだったから、てっきり幽霊かと…」
大声を上げ、指を指していった。
「退院…?」
みょうじさんの話の中で気になる言葉をくり返した。
「あれっ、聞いたことない?入学そうそう事故にあって入院している生徒がいるって」
軽く驚いたような表情をすると、これまでのことを話してくれた。
事故にあったのは入学式の帰りだったということ。
頭を強く打って、意識がずっとなかったこと。
その間、学校に行く夢を見ていたこと。
誰も自分に気づかなかったのに、ぼくには見えていて、更に話しかけられたときは驚いたこと。
バスケ部に誘われて嬉しくて、再び登校できるようになってすぐ、カントクのところへいったこと。
それから、お礼をいいたくてぼくを探していたこと。
「へー不思議なことがあるもんだな」
とみょうじさんを見下ろしながら火神くんがいった。
みょうじさんはにこりと笑って、ぎゅうっと両手で火神くんの手を握りこんだ。
「バスケしている姿をずっと見ていたんだけど、ダンクかっこよかったです!マネージャー業頑張るので、これからよろしくね」
「なっ!?」
思いもよらない行動に、動揺し、更に顔が赤くなった。
「火神くんは私にとって憧れなんだ。近づきたくても、遠くから見るしかなかったから、黒子くんに声かけてもらえて嬉しかったよ」
ありがとう、黒子くん、とぼくにお礼をいってきた。「お役にたててよかったです。これからよろしくお願いしますね」
「こちらこそ!」
右手を差し出すと、満面の笑みを浮かべて握ってくれた。



Ash.