「この前はごめんね」
寒空の下、二人で肉まんを頬張っている時、千石が突然謝ってきた。
「なにが?」
「この前、俺、きみのこと彼女だって嘘ついちゃったでしょ」
「ああ、あれか」
私は咄嗟に数日前のことを思い浮かべる。
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あの日、私は、確固たる友人である千石と二人で都会の夜を散歩していたところ、道端で千石の知り合いに鉢合わせしたのだ。
私と千石は特に用事があって一緒にいたわけではなく、本当になんとなく暇だったから会ってフラフラ散歩していただけなのだが、男と女が二人きりいるなんて傍から見ればカップルにしか見えないわけで、
「その子、彼女なの?」
と、千石の知り合いと思しき女の子に声をかけられた時、千石はうまく否定の言葉が浮かばなかったらしい。
「うん、そうだよ。言ってなかったっけ?俺、彼女できたんだよ」
サラリと嘘をついた千石に向かって、知り合いの女の子はちょっと悲しそうな顔をすると、そのまま一言二言挨拶を述べてそそくさと去っていった。たぶんあの子は千石に片思いしていて、千石に弄ばれていたんだろうな、と思いながら、私は終始黙っていた。
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その出来事があったのが数日前。そして今日も私と彼は理由もなく予定を合わせ、一緒に地元の街を散歩している。
私たちが会う理由を無理やり言葉にするとすれば、それはやっぱり「お互いのことが好きだから」なのだけれど、だからって私たちは付き合っているわけではないし、かと言って互いを弄んでいるわけでもない。なんとも名状しがたい関係だ。
「あの時会ったあの女の子、千石のこと好きだったんでしょ」
「そうだったっぽいね」
千石は他人事のように答えた。あの女の子の気持ちを平気で踏みにじっている。最低最悪な行為だが、常習犯なのだろう。
「あの子、俺にめちゃくちゃアタックしてきてて、わりと面倒になってきてたからさ、彼女いるって言えば遠ざけられるかなと思って」
だから千石は私のことをインチメートな、とても他人とは思えぬ間柄であるかのように嘘をついたのだ。たぶん、千石はいつも色んな女の子をキープしていて、面倒になると突き放している。そして突き放す口実に私が使われている。私が千石にとって一番都合のいい女だから。そして私は決して千石の一番好きな女にはなれないから。……そもそも、なりたいとも思わないけれど。
「別にいいよ、謝らなくて。気にしてないし」
私は肉まんの最後の一口を口いっぱいに押し込みながら告げる。
「それに実際、会ってる頻度とか仲の良さでいったら恋人みたいなもんでしょ、私たち」
たぶん、千石との付き合いが長くてしかも良好な関係を維持し続けている女はこの世に私しかいない。けれど私は、自分が千石にとっての一番の女だなんて思わない。それに千石も、私にとっての一番の男ではない。
「本当に恋人になれたらいいんだけど……ずっときみの一番でいられる自信ないんだよね、俺」
千石がいかにも悲しそうな顔で呟く。そんな彼のたわごとに対して、私は冗談抜きの真面目な返事をした。
「お互いに、一番大切な人なんてコロコロ変わっちゃうんだから、今のままがちょうどいいよ」
浮気性のろくでなしに本気の恋をするとつらい思いをするし、面倒ないざこざに巻き込まれる。そのことをお互いによく知っている。だからたまに二人で会うくらいの気楽な関係がちょうどいい。そんな合意が私たちの間にはある。
それに一番であろうがなかろうが、私たちは互いのことが好きだ。その事実が不変である限り、他に望むものなど何もない。
「私も今後、厄介な男に言い寄られたら、千石の写真見せて彼氏いるって嘘つこうかな」
「あ、じゃあそのとき使う用のかっこいい写真、撮ってよ」
そう言いながらキメ顔でポーズをとる千石に向かって、スマホのカメラを向ける。シャッターを切ると、カッコつけたろくでなしの顔が切り取られ、画面に残った。これは後日使えそうだと思いながら、私はその無駄によく撮れた写真を待ち受け画像に登録した。たぶんすぐに飽きて違う男の画像に変えてしまうけれど。
Ash.